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Amazon人気商品ランキング/グールド(グレン)psWorksはAmazon.co.jpの提携サイトです。代金確認、及び商品の発送はAmazon.co.jpが行います。 1500円以上のお買い上げで国内配送料無料!! 中古価格が表示されている商品は[商品詳細]ページでご購入頂けます。 商品総数:195/総ページ数:20 最終更新日:2008/09/05 モーツァルト:ピアノ・ソナタ集第2巻(第6,7,9番)(紙ジャケット仕様)カスタマーレビューピックアップ
ピアノ・ソナタ第6番 K.284 が1968年9,10月、ピアノ・ソナタ第7番 K.309が1968年9月19,20日、ピアノ・ソナタ第9番 K.311 が1968年7月30,31日。いずれもニューヨーク、コロムビア30番街スタジオで録音。グールド35枚目のアルバム。 モーツァルトの初期のピアノ・ソナタというのは、所謂プロのピアニストのアルバムを探すのも難しく、コンサートで聴くなどということはほとんど不可能な曲になってしまっていると思う。原因は構造が極めてシンプルで、多くの『技巧派』がワザを発揮する場面がないのだ。典型的なのがポリーニであまりの超絶技巧派であるがために、モーツァルトでは本領を発揮できないのか、目立った録音がほとんどない。つまりこういう構造が単純でシンプルな曲ほどピアニストの技量と個性を出すのは難しい、ということなのだ。 それが本来超快速豪弾でありながらグールドはこういう曲が得意中の得意である。シンプルな構成のこれら初期ソナタをこうして見事にグールドらしさ満載で弾かれるとただ感服してしまう。ありえない能力である。 ヒンデミット:ピアノ・ソナタ集カスタマーレビューピックアップ ピアノ・ソナタ第1番が1966年10月13日 ニューヨーク、コロムビア30番街スタジオ、第2番が1966年12月、1967年1月 ニューヨーク、コロムビア30番街スタジオ、第3番が1973年2月18日 トロント、イートンズ・オーディトリアムで録音。完成までに6年余の試行錯誤を経ている。 グールドのディスコグラフィを調べればすぐに分かることだが、グールドが偏愛した作曲家が三人いると僕は思う。一人は当然バッハだ。そして二人目はシェーンベルク、三人目がこのヒンデミットだ。ヒンデミットについては、単にこのピアノ・ソナタにとどまらず、ホルン・ソナタ (1939)を1975年7月3,5日に、バス・チューバ・ソナタ (1943)(1955)を1975年9月3,4日に、トランペット・ソナタ (1939)を1975年1月6日に、ホルン・ソナタ (1943) を1976年2月9,10日に、トロンボーン・ソナタ (1941)を1976年2月22,23日にいずれもトロント、イートンズ・オーディトリアムで録音している。これは尋常ではない。 では、グールドはヒンデミットのどこにここまで惹かれたのだろうか。僕はヒンデミットの一つの中心音の調的な支配力のもとで、斬新な和音や半音階を駆使する作法だと思う。特に有名な、12のフーガからなるピアノ曲『ルードゥス・トナーリス』に使われている音列は、基音Cから徐々に不協和となる、と言う構造を持ち(C-G-F-A-E-Es-As-D-B-Des-H-Fis)、彼のこのような理論が典型的に示されている。そしてこのピアノ・ソナタ第3番の最終楽章のフーガ。このフーガにグールドは現代のフーガを感じたのではないか、と思う。すばらしい演奏だ。 カスタマーレビューピックアップ バッハの作品ゴールドベルク変奏曲、イギリス組曲、フランス組曲等と比べても勝るとも劣らない演奏だと思います。 グールドが歌っている声が好きです。 音楽愛好家の方の中では、この鼻歌?が耳障りだとおっしゃる方もおられるでしょうが、私はあまり気にしません。 どちらかというと、私自身興がのると好きなフレーズなど、一緒に歌いたくなりますから。 だからこの演奏であなたもグールドが、そして今まで取っ付きにくかったヒンデミットさんが好きになりますよ。 カスタマーレビューピックアップ
バッハを偏愛したことで知られるグールド曰く、ヒンデミットは現代における類稀なフーガの遣い手であるという。音楽評論家でも何でもない私にはこれが本当なのかどうかちょっと判断が付けられない。しかし、確かにヒンデミットのピアノ曲は、曖昧模糊としたものが多い現代音楽の中ではひときわすっきりとしたフォルムを保っており、骨組みまで透き通って見えるような独特の透明感がある。グールドがこのメジャーとは言えない作曲家を好んで取り上げた理由はよく分かる。 ヒンデミットのピアノ曲は基本的に調性を持たないが、リリカルかつ知的な響きを常に帯びており、現代音楽特有の聴きづらさはほとんどない(管弦楽などになるとちょっとマニアックな印象が濃くなることは否めないにせよ)。部屋のBGMとして流しても結構オシャレなので、現代音楽に興味はあるがどうも敷居が高くて、という方はこのアルバムから入ると良いのではないかと思う。 ハイドン:ピアノ・ソナタ第3番、モーツァルト:ピアノ・ソナタ第10番、幻想曲とフーガ(紙ジャケット仕様)カスタマーレビューピックアップ 1958年1月7-10日 ニューヨーク、コロムビア30番街スタジオにて録音。グールド5枚目のアルバム。この中のハイドンは1981年2月24,25日同じニューヨーク、コロムビア30番街スタジオで72枚目のアルバムで再録し、モーツァルトのピアノ・ソナタ第10番も、1970年8月11日に同じニューヨーク、コロムビア30番街スタジオで42枚目のアルバムで再録している。そしてグールドのモーツァルト・ピアノ・ソナタ全集では後で録音した方が採用されている。 やはり面白いのはモーツァルトのピアノ・ソナタ第10番の聴き比べだ。約12年半空いた2つの録音での弾きっぷりはまったくと言っていいほど違う。非常に穏やかに弾いている1958年版に対して、1970年版は快速である。 1958年版 5:18→6:57→4;00 1970年版 3:21→4:32→3:26 つまり1958年版で第2楽章を弾いている途中で1970年版では全て弾き終わっている。グールドのことであるからこの間にも数万の解釈が存在しているのだろうし、録音テープをカッティングしてフレーズ事に再構成しているかも知れない。その結論が2度目の録音と言うことになるとグールドがこの曲に必要と感じたのは『スピード』ということになるだろう。ぼくはどちらも好きだが。 カスタマーレビューピックアップ
グールドは、例外的にしか再録音を行わなかった。一つは有名な《ゴルトベルク変奏曲》であり、あと二つは、このCDに収められている「ハイドン:ソナタ変ホ長調 Hob.XVI:49」(再録音はB000VFGT22。YAMAHAで弾いている)と「モーツァルト:ソナタハ長調 K330」である。 これら二つの旧録音はいずれも、粗さと繊細さを兼ね備えた若きグールドの古典音楽に対する解釈と感性を、よく伝える。モーツァルトのハ長調(K330)旧録音は、狂ったような速いテンポの再録音と違い、遅めのテンポで弾かれ、後者より味わい深い。 上記2曲において、グールドは必ずしも作曲者の意図に忠実であろうという意志なく、自由奔放さを聴かせる。 3曲目のモーツァルトの「幻想曲とフーガ ハ長調 K394」は、モーツァルトが平均律に倣って書いたある種の習作であるが、これはモーツァルトにとって会心の出来ではなかったことが手紙(「(この作品とは)別にクラヴィーア用のもっと良い曲を送ります」)によって窺える。この曲の粗さがグールドにあっている。 いずれも1958年録音。 モーツァルト:ピアノ・ソナタ集第5巻(第14,16,17番、幻想曲ハ短調)(紙ジャケット仕様)カスタマーレビューピックアップ
幻想曲 K.475が1966年11月8日 ニューヨーク、コロムビア30番街スタジオ、ピアノ・ソナタ第14番 K.457が1973年11月、1974年9月、ピアノ・ソナタ第16番 K.570が1974年11月9日 トロント、ピアノ・ソナタ第17番 K.576が1974年9月7日、いずれも トロント、イートンズ・オーディトリアムで録音。グールド55枚目のアルバム。幻想曲とソナタには8年のスパンがあるのにも注意が必要な作品だ。 僕はグールドのモーツァルトを解析する上で最も重要かつ興味深い曲は、ピアノ・ソナタ第16番 K.570だと思っている。実はまだマッキントッシュが白黒の小さな画面しか持っていなかった頃、この曲の楽譜をマックの音楽ソフトに楽譜で打ち込みをし、マックがどんな演奏してくれるかを実験してみた。驚いたのは第3楽章で楽譜のデータをそのまま入れたにもかかわらず、まるでグールドそっくりとしか思えない演奏をしてみせたのだ。そのMacは今でもSystem7のままでいつでもその曲を演奏できるように大切に保存してある。 グールドは時に楽譜の指示をまったく無視し、カデンツァを自身で作曲し、楽器を全く代え、驚くような解釈を見せてくれた。能弁なグールドはモーツァルト論も色々はっている。しかしながらここでのモーツァルトはひたすら楽譜だけでは表現しきれなかったモーツァルトの気持ちにすら到達している気がする。聴く者のシナプスはそのすばらしい波動に活性化し始める。それこそが聴くべき名演だと僕は思う。 100年後、クララ・ハスキルのモーツァルトは残っているだろうか?グールドのモーツァルトは確実に残っている、と僕は確信している。 モーツァルト:ピアノ・ソナタ集第4巻(第11&15番、ソナタヘ長調、幻想曲ニ短調)(紙ジャケット仕様)カスタマーレビューピックアップ
ピアノ・ソナタ第11番 K.331は、1965年12月、1970年8月 ニューヨーク、コロムビア30番街スタジオ、ピアノ・ソナタ第15番 K.533/K.494は、1972年4月 ニューヨーク、コロムビア30番街スタジオ&1973年3月 トロント、イートンズ・オーディトリアム、幻想曲 K.397は、1972年11月5日 トロント、イートンズ・オーディトリアムで録音。グールド48枚目のアルバム。 ここでのピアノ・ソナタ第11番の演奏はゴルドベルグ変奏曲に次いでグールドの演奏の中では有名だと思う。実は5年ものスパンが空いて録音している。つまりはここにも見えない何万種類もの解釈が存在していて、グールドの下した結論がこの録音であるということが重要なのだ。最も反感をかったこの弾き方も快速強弾のグールドの指からくりだされているからより意味は深い。言ってみれば超剛速球投手が超スローボールを投げてきているのに似ている。まあ、まちがってもグールドは速球派とは言えないが、だ。 しかしながらこの演奏から見えてくるモーツァルトはやはり大きな発見であることは間違いない。好き嫌いを超越した演奏である。そして間違いなく今後も語り継がれる演奏である。それこそがグールドの目指したものなのだろう。 ブラームス:間奏曲集(紙ジャケット仕様)
特価:¥ 1,890(税込) 発売日:2007-10-24 売上ランキング:Musicで714位 ユーザー評価: Music / 在庫切れ カスタマーレビューピックアップ 60年録音の不朽の名盤。古典主義の色があるとはいえロマン派の大家であるブラームスのピアノの小曲にグールドが取り組んで、ロマンの香り高い名作を生んだ。グールドの叙情に驚かされ、酔いしれる。ジャズのビル・エヴァンスの「ピース・ピース」が好きだという人は本作も必ずや気に入るだろう。本作もグールド・ベスト5に入ること疑いなし。グールドとブラームスの縁は深く、彼の死の年(82年)にブラームスの4つのバラードと2つのラプソディを録音しているが、私はこの60年の作品の方が断然好きだ。 カスタマーレビューピックアップ 間奏曲 op.117-1、op.117-2が1960年9月29日。間奏曲 op.117-3、 op.118-2が1960年9月30日。間奏曲 op.118-6が1960年9月29日。間奏曲 op.116-4、間奏曲 op.76-7、 op.76-6、op.119-1が1960年11月21日。間奏曲 op.118-1が1960年11月23日、いずれもニューヨーク、コロムビア30番街スタジオで録音。グールド11枚目のアルバム。坂本龍一氏はこのアルバムをグールドの作品で一番好きだと言っているようだ。 ブラームスの『間奏曲(Intermezzi)』というのは、集められた作品集ではない。この中で登場するop.76は『8つの小品』であり、op.116は『7つの幻想曲』、op.117は『3つの間奏曲』、op.118は『6つの小品』、op.119は『4つの小品』という各々独立した作品になっている。その中から『間奏曲(Intermezzi)』というものだけ選び出し、演奏順も全てグールドが考え出した作品集が本アルバムということになる。その選び出す耳と曲順の構成力にまず驚く。 静かに始まり、一度op.118-6のところでクライマックスを迎える。そしてop.116-4で再び静寂となり、op.76-6で華やぎ、op.119-1で三度静寂となる。そしてop.118-1で輝き、短く一挙に燃え上がる。そしてop.118-2で静寂へと還っていく。実に美しい。グールドはいつもと違って静かに弾きあげる。グールドの美意識がよく分かる。 可能な限り小さな音で聴いて欲しい。そんなブラームスだ。この中のop.119『4つの小品』はブラームス最後のピアノ独奏作品であり、また生前に出版された最後の曲集であることも申し添えておきたい。 カスタマーレビューピックアップ
これがグールドの演奏?バッハの演奏とは全く違う叙情的でやさしい演奏にびっくりしました。私の一番好きなアルバムです。 モーツァルト:ピアノ・ソナタ集第3巻(第8,10,12,13番)(紙ジャケット仕様)カスタマーレビューピックアップ
ピアノ・ソナタ第8番 K.310が1969年1,2月、ピアノ・ソナタ第10番 K.330が1970年8月11日、ピアノ・ソナタ第12番 K.332が1965年9,12月、1966年5月、ピアノ・ソナタ第13番 K.333が1965,66,70年。いずれもニューヨーク、コロムビア30番街スタジオで録音。グールド42枚目のアルバム。グールドは5枚目のアルバムでこの中の第10番を1958年1月7-10日に録音していて、この曲だけ2度目の録音ということになる。 発表された録音内容を分析すると第10番の再録はともかくとして、この中期とも言えるソナタ群に最初にグールドは取りかかっていたことが分かる。ただし中には5年以上のスパンのあるものもあって、幾多の解釈から自演としてどれを残すべきかを考えていたともとれる。ただ演奏を聴くといずれも快速豪弾のグールドで、聴いているだけでシナプスがどんどん活性化してくるのを実感できる。モーツァルトの『核』がどんどん飛び出してきているようにさえ感じられる。 一般的にバッハが素晴らしい、とされるグールドもこのアルバムやあるいは全集となったモーツァルトを聴くと最も素晴らしかったのはモーツァルトだったのではないか、と僕は思う。たとえ口でどうモーツァルトを揶揄していようとも、残された音は正直にそう言っている。 ベートーヴェン : リスト編・ピアノによる 「田園」(全曲)
特価:¥ 2,518(税込) 発売日:1993-05-21 売上ランキング:Musicで2165位 ユーザー評価: Music / 通常24時間以内に発送 カスタマーレビューピックアップ 1968年6月11日、CBCラジオ・ブロードキャストにて録音。グールドには同じ1968年に当初『運命』とのカップリングで『田園』の第一楽章だけを録音した別バージョンが存在する。そちらはグールドのデビュー25周年記念アルバムである『シルバー・ジュビリー・アルバム』の演奏のトリも飾っているのだが、9分56秒と本アルバムの第一楽章の12分28秒に比べると随分短い。また第一楽章だけ世に出るというのも、グールドにしてはレアなケースで何らかの意図があって同じ年の2つのバージョンを出したのかも知れないが、今となっては不明だ。 どちらにせよ僕はこちらの全曲盤の方が好きである。バッハでもそうだったがグールドは作品をまったく違ったカタチでとらえて再構成し、解釈してみせる。その最も成功した例がこの『田園』だと思う。シンフォニーとして慣れ親しんだこの曲が、まるでベートーヴェンがピアノでこの曲の素描をしてみせているような錯覚すら感じさせてくれる。作曲途中の『田園』を再構成しているような愉しみがある。 トータル55分27秒、5楽章に及ぶ長大なピアノ・ソナタを聴いているような名演だ。 カスタマーレビューピックアップ 私は以前オーケストラによるこの曲が苦手で、特に第5楽章はなかなかその魅力に気が付かなかったのですが、Gouldのこの演奏を聴いて以来この楽章が好きになって口ずさむまでになりました。Gouldは曲に、作曲家が意図しなかった良さを吹き込むのが上手い。Katsarisのように苦しさを見せてテンポが不安定になることがなく、余裕を保っているのはGouldの技術の素晴らしさを物語るものでしょう。ただ、第2楽章がちょっと長すぎます。 カスタマーレビューピックアップ 歌心あふれる演奏には違いないが、わたしから言わせてもらえれば、聴きづらい演奏だ。特に、第2楽章は、演奏時間が通常の2倍近くもかかっていて、聴いていて肩がこってしまう。 好みは人それぞれだから、こんなことを言うのは申し訳ないけれど、この演奏は、どうしても好きになれない。 わたしは、技巧的で、テンポ設定がちょうどいいカツァリスの演奏の方が好きだ。 カスタマーレビューピックアップ 僕はロックファンですが.グ-ルドのCDはほとんど持っています。逆にグ-ルド以外のクラッシックはほとんど聞かないし興味がありません。よくあるパタ-ンです。今まで聞いてきたグ-ルドのCDで一番好きなのがこれです。初めて聞いたとき.ビートルズのストロベリ-フィ-ルズフォ-エバ-に匹敵するのはこれしかない.と大興奮してしまいました。以来.大愛聴盤で私的ベスト10アルバムの1枚になりました。第一楽章は.シルヴァ-ジュビリ-アルバムで別ヴァ-ジョンが聞けますが.僕はこっちの方が断然好きです。俵孝太郎氏は向こうの方が好きだそうですが。1968年6月11日録音。カナダCBCによるラジオ放送用録音.いいですね-やっぱり。 カスタマーレビューピックアップ
いずれにしても、曲よりも演奏によるところの大きい一枚である。ベートーヴェンの『田園』は、それぞれの弦楽器や管楽器が持つ音の持続力の特質を見事に生かしながら構成されたスコアであり、それがこの曲が名曲たる所以なのだが、グールドのピアノは、これがリスト編曲のピアノ曲であることを保留にしつつ、時にはおよそピアノの音とは思えない響きの多様さをもって、原曲を再現しようとする。しかしそうした一見緻密な音作りの結果が、孤独なピアノ弾きの自己陶酔に終わるのを目の当たりにする時、我々はピアノという楽器の可能性と、限界を悟るのである。 バード&ギボンズ作品集(紙ジャケット仕様)カスタマーレビューピックアップ 知識の無い私には、何かしらを語ることは出来ないが これが最高の1枚であることは分かる。 この一枚を聞く人は皆、必ずや幸せになれると確信する。 カスタマーレビューピックアップ 今でこそバードやギボンズのヴァージナル作品の録音は増えたが、この当時は画期的であった。 こういった古い時代の作品をピアノで弾く、というのは今では考えられないし、弾いたとしても全く無駄だと思う。しかしグールドだけは違う。何故かは分からない、しかし全く違和感を感じないどころか、作品の魅力をいかんなく開陳してみせている! 彼自身によるライナーノート(今はついてないのかな?)お小難しいが非常に興味深い。 バードは外向的なリヒャルト・シュトラウス、ギボンズは内省的なマーラーだそう、さて・・・ カスタマーレビューピックアップ 録音は主に1967年と1968年。最後の『Byrde: Sellinger's Round』だけが1971年。まるで『バッハ以前の作曲家たち・バードとギボンズのコンサート』と名付けたくなるようなコンサートの一夜をアルバムで再現しているかのような作品である。 このバッハ以前の音楽を聴いて思うのはグールドが求めたのは、曲に対するアレンジの自由度ではなかったかと思える。今ではバッハはジャズのミュージシャンに多く取り上げられ、自由なアレンジで演奏される。それが後期ロマン派の曲ではその自由度がなかったので、グールドは評価しなかった。そう僕は思っている。この時期グールドは35才で、カナダ東部のノバスコシア地方を旅行したときに、列車のクラブカーのなかでウィリアム・フォーリーと知り合い、彼から『草枕』を知り以後漱石に傾倒していった頃だ。 僕はいつも『草枕』の冒頭と重ねながらこの作品を聴いてしまう。 カスタマーレビューピックアップ
エリザベス朝のヴァージナル用の曲を、グールドが弾いた。とにかく面白い。素晴らしい。飽きない。どんなジャンル・カテゴリーにも入らない、とっておきの「音楽」に出会える。とくに、秋から冬にかけては、聴くにはもってこいの季節。こればかりは、「古楽演奏」では追いつくことは出来ない。 バッハ:フランス組曲第5番&第6番(紙ジャケット仕様)カスタマーレビューピックアップ
バッハは10才の時に両親を亡くしている。そして最初の妻、マリーア・バルバラにも先立たれる。そして1721年12月、15才年下のケーテンの宮廷歌手だったアンナ・マグダレーナと結婚する。おそらくは明るい家庭生活を取り戻してくれた若妻に感謝の気持ちでいっぱいだったに違いない。それが、バッハのイマジネーションに火をつける。イギリス組曲・フランス組曲・パルティータはいずれも新婚早々に妻のために書いた2冊の『アンナ・マグダレーナ・バッハのためのクラヴィーア小曲集』に由来するからだ。1722年の第一巻にはフランス組曲の5曲が含まれている。 フランス組曲とイギリス組曲の構成の差、それはアルマンドの前にプレリュードを持っていることである。よってフランス組曲を『小組曲』、イギリス組曲を『大組曲』と呼ぶこともできる。演奏してみるとこのプレリュードの部分が長大で、CD2枚にイギリス組曲がなってしまうのも無理はないと思う。 グールドはこのバッハの妻への愛に満ちた作品をいつものようにとつとつと弾いて見せる。グールドはいつも一度に8時間録音していたそうだが1時間以上ピアノに向かっていることはなかったそうである。あとはただ再生テープを聴き、最良の自己表現たるテイクまで試行を続けるのだ。それがとつとつと弾いているように聴こえるというのも面白い。 閑話休題。フランス組曲はELPのファーストの名曲『ナイフ・エッジ』の中間部にも(3:22以降)使われているのでロック・オンリーの人も聴けば、あーあの曲かと言うでしょう。 |
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