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発売日:2004-11-17
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Amazon人気商品ランキング/グールド(グレン)psWorksはAmazon.co.jpの提携サイトです。代金確認、及び商品の発送はAmazon.co.jpが行います。 1500円以上のお買い上げで国内配送料無料!! 中古価格が表示されている商品は[商品詳細]ページでご購入頂けます。 商品総数:252/総ページ数:26 最終更新日:2008/05/17 バッハ:ゴールドベルク変奏曲(1981年デジタル録音)カスタマーレビューピックアップ グールドはゴルトベルク変奏曲で現れ、ゴルトベルク変奏曲で逝った人である。そのグールドのどちらのゴルトベルク変奏曲が優れているかなどを考えることははっきり言って得難いすばらしい感動を半分でやめてしまうに等しい愚行だ。両方を一生涯所有し、その素晴らしい演奏の及ぼす効用と癒しを感受するのが正しい選択だ、と僕は思う。 最初のゴルトベルク(1955年6月)。 長い長い沈黙と暗闇の向こうに鳴っているこの音楽は、ハンニバル・レクターが大きな鉄格子の隔離から脱出するシーンでも流れている。あれは、間違いなくグレン・グールドの手によるものだ。時々、グールドの唸り声が混ざる演奏を聴けば聴くほど、この曲はまさに彼のためにあったのだと思えてくる。 彼の声というのは何となく悩める者たち、抑えきれぬ憤怒に己を抑えられぬ者たちの声のように聞こえてくる。怒りも悲しみも全てそこに混ざり、癒される為に広げられたような錯覚を僕は覚える。 最期のゴルトベルク(1981年4月・5月)。 弾けんばかりの演奏は最初のゴルトベルクをかき消さんばかりの演奏である。既に持っている最初のグールドのゴルトベルクという概念は、この新しく深化した解釈と融合し、心をより強くなるように誘導してくれる。最初の演奏よりずっと長いこの演奏は音もはるかにクリアで深い傷を少しずつ癒していく感じだ。クリアな傷にクリアな音。二つのゴルトベルクは混ざり合い心の中の一番奥にしまわれる。 いずれ劣らない僕には不可欠の演奏だ。 どちらも一生のうちに何千回と聴くだろう。この2つのゴルトベルク変奏曲を一生聴くことがない人生は、生涯所有し聴き続けられる人生より不幸だ、と断言しよう。 カスタマーレビューピックアップ 小説『羊たちの沈黙』で、レクター博士が逃走の直前、静かに聴いていたのがグールドのゴールドベルクである。 グールドのゴールドベルクのスタジオ録音盤は2種類ある。 若き挑戦者の『攻撃は最大の防御』的な戦法ながら、今日の視点から見ると意外とスキだらけの初録音盤とは異なり、この再録音盤は、攻守とも最高級の芸術品である。チャンピオンの貫禄。 では、レクターはどっちを聴いていたのか?それは読者の想像に委ねられる。 さて。この曲に関して、私は先にP.ゼルキンやシフの録音(2人とも初録音の方)を聴いたのだが、実にツマラナイ曲だと思った。 しかし、3番目に当録音を聴いて、一気に面白い曲だということが分かった! 不思議なことに、グールドを踏まえて、シフやゼルキンの録音を改めて聴くと、彼らのやっていること、やりたいことがよく解るようになっていた。 私の耳が鍛えられたというよりも……。 呪縛。彼らにとって恐らくグールドの再録音盤は呪縛だったのだろう。 グールドが引きずり出して見せた、この曲に潜む魔力には抗えないが、グールドを越えるのは至難の技。 それに、亜流と呼ばれたのでは意味がない!ならば、俺はどう弾く? もがくような思いが彼らにはあったのではないか。 (今では彼らも、独自のゴールドベルクを奏でているのが嬉しい)。 現代の若手にとっても、この曲を弾く際、意識せざるをえないスタンダード盤である。 シェプキンやシュタットフェルトの爽演も、グールド抜きには語れまい。 なお、同じ演奏のDVDも出ているので、興味のある方はそちらもどうぞ。 映像版を基本として部分的に録り直しをしているのが当録音のようだ。 録り直しと言っても、例えば、身振りでピアニシモを表現した箇所を、音だけのピアニシモに込めたりするような意味合いの修正。 身振りのピアニシモ+音のピアニシモだと、クド過ぎる…という判断らしい(笑)。 カスタマーレビューピックアップ 私はクラシック音楽を10年以上聞き続けてきたがグールドのゴルトベルク変奏曲ほど衝撃的で心を揺さぶるピアノ演奏はいまだかつて聞いた事がない。とにかく聞き手はひたすらグールドの指先から奏でられる魔法の音ひとつ、ひとつに圧倒されるのだ。そこには難しい音楽的知識など一切不要だ。ただ純粋に音を楽しむ。そう気付かせてくれる究極のアルバムである。 カスタマーレビューピックアップ BGMにも良し、ゆったりと聴くにも良し。 素晴らしい演奏です。 テンポ、音の強弱の付け方は非常に個性的です。しかし、これこそが作曲者であるバッハが求めていたような演奏のように思われます(もともとはチェンバロですが)。 客観的に記したいものではありますが、こればかりは別格です。神懸っています。 バッハ、またはクラシックというと硬いイメージがあるかもしれませんが、まずこの演奏を聴くことをお薦めいたします。 親しみを持てることでしょう。 そして、この演奏は非常に魅力的で何年にも渡って何度も聞いたのですが飽きが来ません。聴くたびに多少なりとも新鮮さを感じる、そんな演奏です。 クラシック入門にもお薦めの一枚です。 カスタマーレビューピックアップ
グレンのゴールドベルク変奏曲は新録音(1981年)が旧録音(1955年)に比べてテンポが遅く、それに文句をつけている人もいるようですが、グレン自身旧録音を気に入ってはいなかったようです。その訳は、グレンの興味は対位法(作曲法の一つ)にあり、それをシッカリ聴かせたいので新録音のテンポを遅くしたと、彼自身が語っています。自分が聴き比べると、やはり新録音の方が落ち着いて聴けるし、バッハの書いた音符の一つ一つをジックリ聴いている気持ちもします。新録音と旧録音の共通点として、グレンのピアノタッチがまったく同じ事が挙げられます。テクニックが衰えたわけではないのです。やはり、ゴールドベルク変奏曲のどちらをまず買えばいいかというと、新録音の方が断然お勧めです。グレンが辿り着いた新境地を堪能できます。 バッハ:ゴールドベルク変奏曲(1955年モノラル録音)カスタマーレビューピックアップ 私はグールドのゴルトベルク変奏曲(新録音)をはじめて耳にしたときかってない衝撃を受けた。そしてこの旧録はさらに上をいっていた。彼の強烈なキャラクターもさることながら、音楽もまた彼独自のスタイルがそのままピアノに反映され聴き手の心を引きつけてやまない魅力を醸し出している。「この旧録に出会った事は幸運だった。」そう言えるのは私だけではないと思っている。 カスタマーレビューピックアップ 同じピアニストによる、平均律やパルティータ、フランス組曲、インヴェンションとシンフォニアあたりの(大ざっぱに言って1970年代前半までの)、パキパキして乾いたグールド節が好きなら、この1955年盤の方がオススメではある。 「グールドらしさ」という意味では、再録音盤はまるでダメだからね(「グールドらしさ」を本人がまさに書き換えようとした時期に、亡くなってしまったからさ)。 1955年当時、この演奏がウけたのは、LPというメディアの成熟と、一般家庭への再生装置の普及という背景があったのでは? つまり、ちょっと無理してオーディオ装置を手に入れたご一家の方々に、手軽にハイソな気分に浸れるアイテムとして、ポップスを聴くノリノリなノリで聴くことの出来るクラシック音楽が必要だったという図式。 北米レコード界に於いて、オケではバーンスタイン、ピアノではグールドの果たした役割は大きいだろう。 (日本の中流ご一家だと、カラヤンあたりが加わるワケだが…)。 そもそもゴールドベルク変奏曲の既発盤と言えば、この22年前に録音されたランドフスカのモダン・チェンバロによるカッチリしたものぐらいしか無かったワケだ。 となると、チェンバロよりは親しみのあるピアノによって奏でられた、疾走感溢れるグールド盤はさぞ、愉悦に満ちたものだっただろう。 サルでも分かる風に言えば、パパでも分かるクラシックと言ったトコロか。 しかし、時は流れて21世紀、現在の我々はもはや、シェプキンやシュタットフェルトの演奏を知っている。愉悦の点に於いて、グールドの1955盤はすっかり色褪せてしまった。 そして、この演奏からノリノリの愉悦を除くと、何が残るのか? 残念ながら、私には見つけられないのだ。 せいぜいパキパキしててヘタウマっぽいのが特徴かしら? が。今は21世紀。ヘタウマなら高橋悠治の新録の方がスキが無くてよっぽど良いぞ♪ カスタマーレビューピックアップ 最初の1音から引き込まれる…そんな印象です。 演奏の疾走感や爽やかさももちろん、グールドお馴染みの唸りや第5変奏の足音など(笑)全てが音楽になっている気がしてしまいます。 ある意味ライブ録音よりもリアルなそんな気すらします。 グールド自身は最も過大評価された録音だと語っていたそうですが… 名演なのは間違いありません!友人のジャズプレイヤーもこの演奏が大好きだと言っていました。 カスタマーレビューピックアップ このデビュー盤は、内容は言うまでもないが、そのジャケットが味わい深い。スタジオでの録音の際にDon Hunsteinによって撮影された30枚のグールドの写真。この曲に収められている変奏曲の数も30であるところが象徴的である。プロデューサーのHoward Scottと議論している写真。歌いながら演奏する写真。23歳の若者がこれほどまでに輝いている様子を羨望の眼差しで眺めないではいられない。 カスタマーレビューピックアップ
20世紀最高のピアニストの一人、グールドの1955年6月(23歳)NYのCBCスタジオで録音し、発売されたのがこのモノラル版です。鮮烈な演奏を聞いて腰を抜かしたコロンビアレコードのプロデュサーとの打ち合わせにやって来たグールドが、入れたいと言ったのがこの曲です。ただややこしく、山場もないこの曲。当時、ワンダランドロフスカがハープシコードで弾いていた曲です。この曲は壮麗な曲であったことをグールドは理解していました。6月なのにオーバーを着込みマフラーを巻き帽子をかぶって手袋をしてスタジオにやって来ました。大量のタオルとポーランド製のミネラルウオーター2本、錠剤入りの小瓶5本を手に携えて。床上、35.6センチの椅子。このレコードは売れに売れました。1981年盤も持っていますが、この演奏のほうが、颯爽としたグールドらしく聞き飽きません。彼は、トーマスマン【魔の山】夏目漱石【草枕】阿部公房原作、勅使河原宏監督の【砂の女】を好んだそうです。実に面白い。 ブラームス:4つのバラード、2つのラプソディ、間奏曲集カスタマーレビューピックアップ 外傷性くも膜下出血で入院中の病室で、デッキに耳を当てて聴き入りました。 哲学的な思索。 カンディンスキー。 水の輪。 月並みな表現ですが、胸が震えるような。 胸の奥がしんとするような。 とても感銘を受けました。 カスタマーレビューピックアップ 過剰なロマンには引きがちなので、長らくロマン派は苦手で、クラシックで好んで聞くのはバッハかドビュッシー以降のものばかりだったのですが、それを克服するきっかけをくれたのが、このアルバム(とバックハウス/フルニエのブラームスのチェロソナタ)です。 ブラームスの壮大な大曲は、下手するとロマンティシズムに耽溺しすぎで甘さが過剰に重たくなりがちなのですが、これらの小品集はそのあたりのバランスがとてもよく、引き算することによる魅力を感じます。 間奏曲集はブラームスの甘さが鬱陶しくならずに楽しめる。 グールドの演奏がとても瑞々しくて、若若しくチャーミングです。 他方バラードとラプソディでは、ブラームスのもう一つの魅力である「枯れ」が堪能できます。 彼の甘さの中に常に影のようにつきまとう冬枯れの静謐さが、グールドの内省的な面と呼応しあっています。 またグールドのピアノのタッチ(とピアノ選びと調律)は独特で、よくあるコンサートピアノが金属的に共鳴するようになっているのとは対照的にポロポロと一音一音が木を叩いたような音なのですが、それが、ブラームスの「枯れ」にぴったりはまっています。 かなり独自の解釈を行うグールドですが、(冒頭にバーンスタインの発言が残されているブラームスの協奏曲第1番や、モーツァルト、ベートーベンの聞き慣れたソナタあたりを聞くと、その独特さがとてもわかりやすいかと…)この曲集についてはとても自然に聞こえます。 他の演奏家と比較すれば実は個性的なのですが、個性的だと思わせないくらい自然なのは、やはり相性が良いからなのでしょう。 グールドのCD全集はかなりの数をもっているのですが、その中でもお気に入りの一つです。 バッハ以外のグールドを、と言われたら、これとシェーンベルグあたりが好みです。 (あとSWEELINCKのオルガン曲のライブ音源もとても良かった。) カスタマーレビューピックアップ まさに独特の世界観と、音楽観を持ち合わせた、グレン・グールド。 彼の芸術は、その独特のタッチと奏法にあるが、それがブラームスの ラプソディーと調和しています。 ピアニストは、その曲目の音楽家の理解だけでなく、独自の世界観を 持ち合わせなければならないと、某クラシック雑誌の評論家が言って いたが、私はその先駆はグールドだと思います。 カスタマーレビューピックアップ 1982年の「バラ-ド&ラプソディ-」と1960年の「間奏曲集」の2枚組、このうち1960年の「間奏曲集」は性的なものの言い方を極端に嫌うグ-ルド自らが「ブラ-ムスの間奏曲のこれまでで最もセクシ-な演奏」、と言ったグ-ルドの録音の中でも白眉な1枚。だけどどこがセクシ-な演奏なのか???そこでもう1度。グ-ルドの好きな漱石の「草枕」のイメ-ジをダブらせながら聞いてみる。両方とも得にハイライトも盛りあがりもなく、淡々と時間が流れていく。季節的には冬より秋。もしかしてここがポイントかも。グ-ルドの音楽、ってイメ-ジとして圧倒的に「冬」、だから。あと両方ともジャケットがグ-ルドのレコ-ドの中ではとてもとても良いので本当は別々に出してほしいんですよね。僕は「間奏曲集」は頑張ってアナログ盤も手にいれました。もちろん中古盤ですけど。 カスタマーレビューピックアップ
1982年2月8-10日、6月30日-7月1日、ニューヨーク、RCAスタジオで録音。 ヨハネス・ブラームス(1833-97)のピアノ音楽はキャラクター・ピースと呼ばれ、各曲は随所に『キャラクター』があると言われている。確かにこれらの曲には端々にブラームスの他作品に通ずるポリフォニックな書法が顔を出す。バラード作品10は1854年、ラプソディー作品79は1879年の作品である。バラード作品10には有名なベートーヴェンの運命のモチィーフも飛び出してくる。いつも思うことだが、いわゆるクラシック音楽からブラームスの作品を引き算してしまったらどれだけつまらなくなるだろう。ブラームスは他の作曲家に無いサムシングを常に作品の中に持っている希有な作曲家だと思う。 さて、演奏は最晩年のグールドのもので(1982年の秋に彼はこの世を去っている)、グールドの全演奏の中でも3指に入る名演だとおもう。特にバラード作品10は出色で、グールドの力強く速いタッチがこの曲にピッタリで最高だ。 ゴルドベルグ変奏曲の再演とこの曲の演奏でやり残したものは何も無く、グールドはこの世を去ったと思うのは僕だけだろうか? モーツァルト:ピアノソナタ集カスタマーレビューピックアップ なんといっても独特なのがK.310イ短調(第1)ですね。 通常の演奏者なら6分くらいが、3分で弾ききる。 面白いです。 グールド編・モーツァルトって感じですね。作曲してるし。 ただ、この演奏はうつくしぅない。熱情がない。 カスタマーレビューピックアップ これは只の演奏ではありません。演奏の形を取った批評です。「俺だったらこうする」「この方がいいと思わないか?」というね。そうでなかったら、大嫌いな作曲家の大嫌いな作品を全曲録音しようなんて思わないでしょう。 そもそも音楽を言葉で語ること自体がナンセンスなのですから、これは非常に真っ当なやり方です。ただ、普通の批評家はそれ程の演奏能力を持っておらず、普通の演奏家はそれ程の批評能力を持っていない、というだけのことです。つまり、やらない、のではなく、出来ないのです。 グールドは、人並み外れた演奏技能と高度な知的活動を兼ね備えているという点に於いて、非凡な存在なのです。 ですから、彼がスコア通りに演奏するかしないかなどということは、全く些末なことに過ぎません。重要なのは、スコア通りに演奏するにしても、ただそう指示されているからそうする、というだけなのか、それとも、自らあれこれ考察した上で、「成る程、スコア通りに演奏するのが最良だな」と納得した上でそうするのか、という点です。つまり、演奏家としてのみならず、人間としての主体性の問題なのです。 グールドは、間違っても「演奏マシン」に成り下がらないだけの主体的な批判精神を持った最高度の演奏家、言わば、真の意味での「現代人」の「音楽家」なのです。 そんなグールド相手に、好きだの嫌いだのと子供みたいなことばっかり言っててもしょうがないんです。 音楽を、でなく、音楽「で」思考しなければ! カスタマーレビューピックアップ 今時こんなもの聴くくらいなら、フォルテピアノの名手がワンサカ出てきてるんだから、そっちを聴けよ。それでこの論争はthe endだ。ハイドンも同様。ベートーヴェンも後期以外は同様。明らかに彼らはフォルテピアノを想定して作曲してるんだよ。彼らの作法なら、現代のピアノならモノクロに、フォルテピアノならフルカラーに聴こえる、そのくらいの違いがあるんだ。これらをムリにピアノで弾こうとするから、小賢しい技巧を弄さなければ退屈に聴こえるんだよ。それだけの話だ。そういう世代のピアニストだったってこと・・・他にもいっぱいいる。 カスタマーレビューピックアップ グールドはモーツァルトがあまり好きではない、とどこかで読みました。 で、どう弾いているのかと思いきや… K310の第一楽章。早い。K331の第一楽章。遅い。 どちらも、ちょっと変わっているのですが、弾きたいように弾いてる感がとてもよいです。 子供の頃、これらの曲を家でひとりで練習している時、 飽きてくると、譜面通りには弾きたくなくなる瞬間があります。 で、自分の好きなように、速く弾いたり、遅く弾いたりして遊んでいたことを思い出しました。 天衣無縫にグールドさんが勝手に弾きまくるモーツァルト。 うなり声も手伝って、なんだかとてもプライベートな空気濃厚。 お部屋によんでもらって、弾いているのをそのへんのソファで聴いているような、 なんとも贅沢になれる1枚です。 カスタマーレビューピックアップ
曲想がはっきりと聴き取れるって、他にはまず、ありえない。 グールドがモーツアルトと対話して、俺のモーツアルトを聴き給え、と示した名盤。 グールドが辿りついた各曲の解釈と曲想が、彼の歌い、ハミング、鼻歌?でわかる。 プロの演奏家も、心の中では歌ってるはず。隠す事なく伝えてしまったのがグールド。 音楽って楽しいでしょ、僕にはこう読み取れるんだよね、皆さんはどうだ?よかったら一緒に歌おうよ、気持ちいいんだよ。 機会があれば君が掴み取ったモーツアルトも見せてもらうからね、とグールドが伝えているように思えてならない。 教科書のさらに先にあるモーツアルト、好き嫌いを言っていいのだけれど、好きになってくれる人が増えるとうれしい。 バッハ:イタリア協奏曲
特価:¥ 1,637(税込) 発売日:2004-11-17 売上ランキング:Musicで37位 ユーザー評価: Music / 通常24時間以内に発送 カスタマーレビューピックアップ なんと魅力的で躍動感にあふれたバッハでしょうか。 冒頭のイタリア協奏曲から完全にグールドの世界に引きずり込まれました。 ダイナミックな強弱と緩急を自在に操り、ピアノによるバッハをこれほどまでに魅力的に表出したグールドはまさに不世出の演奏家と言って良いでしょう。 カスタマーレビューピックアップ グールドといえば、なによりもデビュー盤の『ゴルトベルク変奏曲』が思い出されるだろうが、私にとってはこの『イタリア協奏曲』(たしか第3枚目のアルバム)こそがグールドを聴くきっかけになった重要なアルバムだ。はじめは「協奏曲なのになんでオーケストラはいないんだろう?」などとバカなことを考えながらも、このピアニストに次第にそして完全に傾倒していった。他のピアニストによる『イタリア協奏曲』もけっこう聞いたが、それらはあまりにも感傷的で、テンポが決して乱れることのないグールドの完璧な演奏に慣れてしまっていた私の耳には甚だ物足りないものに聞こえた。 この曲の第3楽章は流麗無比だ。グールドの神髄がこの楽章には表れている。それは左手のパッセージが非常にクリアであるということ。私見だが、対位法がふんだんに使われているこの楽章において、左利きでもあったグールドは右手と左手の平等化を図っていると思わせる部分がある。それは、冒頭部のパッセージが再現される最終部で、右手の高音を抑え、左手の旋律により強いアクセントをおいてグールドが演奏している場面だ。従来の解釈をくつがえす衝撃的な瞬間。 強弱をつけられないハープシコードが一般的だったバッハの時代とちがって、より現代的な楽器であるピアノはその名前のごとくダイナミックな音の強弱が特徴だ。ロマン主義の音楽では多くの場合、右手に美しい高音の旋律を歌わせ、左手の重厚な低音部によって曲の雰囲気を作り出すといった、ある意味運命づけられた役割が与えられている。私には、グールドはこの従来の二項対立的な形式を平等化し、そしてさらには逆転させようとしているかのようにみえる。考えてみれば、グールドは南より北を、華美より質素を、喧噪より平穏を、長調より短調を指向したひとだった。この延長線上に、メジャーな右よりもマイナーな左の存在に光をあてる閃きが生まれたのではないだろうか。このような解釈にたどり着いたピアニストはあとにもさきにもグールドだけだったように思える。 カスタマーレビューピックアップ グレングールドのピアノを聴くと、まるでマッサージされているかのように、一音一音に心がほぐされていく。 その効果がもっとも期待できるのが「イギリス組曲」なんじゃないかと思う。 本作トラック30におさめられている「イギリス組曲」は兎に角、良い。 和音もメロディーもバッハもグールドも最高だ、としか言いようがない。 カスタマーレビューピックアップ 1959年6月23-29日他録音。 グールドが演奏会から『ドロップアウト』したのは1964年3月28日、シカゴでのリサイタルからである。かくて1982年10月4日の死の時までの18年間、彼はスタジオにとじこもり、自らの閉じた世界を構築していく。 このアルバムは言ってみれば『ドロップアウト』前の貴重なレコーディングと言うことができる。特にイタリヤ協奏曲ヘ長調BWV971は、その明るさもあってグールドにピッタリな曲である。動いて動いてしかたがない十指がとめどなく突っ走り、聴く者のシナプスをざわざわと動かしてくれる。 閑話休題。グールドはグリーグの遠縁にもあたるそうである。(●^o^●)僕にとって、何処までも何処までも興味が尽きない数少ないミュージシャンの一人だ。 カスタマーレビューピックアップ
1959年6月23-29日他録音。 グールドが演奏会から『ドロップアウト』したのは1964年3月28日、シカゴでのリサイタルからである。かくて1982年10月4日の死の時までの18年間、彼はスタジオにとじこもり、自らの閉じた世界を構築していく。 このアルバムは言ってみれば『ドロップアウト』前の貴重なレコーディングと言うことができる。特にイタリヤ協奏曲ヘ長調BWV971は、その明るさもあってグールドにピッタリな曲である。動いて動いてしかたがない十指がとめどなく突っ走り、聴く者のシナプスをざわざわと動かしてくれる。 閑話休題。グールドはグリーグの遠縁にもあたるそうである。(●^o^●)僕にとって、何処までも何処までも興味が尽きない数少ないミュージシャンの一人だ。 バッハ:平均律クラヴィーア曲集カスタマーレビューピックアップ 全然、平均的じゃないバッハ(笑) あちこちで、はっ とさせられる箇所があり、清新の気に満ちたピアノでしたね。流れるようなバッハとは対極に位置する、めりはりを利かせた演奏。 でも、バッハの『平均律クラヴィーア曲集』の最初の一枚としてはどうなんだろう。私だったら、まず、リヒテルの全曲盤をおすすめしたいな。この作品の深みを味わうなら、リヒテルのピアノが一番だと思うし、実際に聴いてみて、とても感動したから。 続く二番手、三番手のチョイスとして、全く毛色の違う演奏を楽しんでみようかって方に、グールドのこの選集をおすすめしたいですね。明晰で、斬新な解釈のバッハ。もやもやしたところのない、すっきりとして清々しいバッハだなあって、そんな印象を持ちました。 第1巻、第2巻の各24曲の「前奏曲とフーガ」から、それぞれ、8曲をセレクトした抜粋盤。第1巻は、1962〜1965年の録音。第2巻は、1966〜1971年の録音。 どちらかっていうと、第2巻のほうが、聴いていて面白かったな。 肌に合う、合わないが、人によって大きく割れるのが、グレン・グールドのバッハ。 『ゴールドベルク変奏曲』の旧録音盤を筆頭に、私はこの人のバッハ、「躍動感にあふれていて面白いなあ」って、とても気に入っています。 カスタマーレビューピックアップ バッハを弾かせたら、右に出るものはいないと思います。 私は、グールドをゴールドベルク変奏曲(55年盤、81年盤両方)で知って聞くようになっ たのですが、このように録音を残してくれてありがたく思っています。 完璧としか言いようがありません。 本CDは平均律クラヴィーアの抜粋ですが、それだけに良い曲目ばかり選ばれているとも言えま す。 1枚でじっくり味わえるCDです。 カスタマーレビューピックアップ
最初の第一番でリヒテルとはまったく違うアプローチで、なかなか楽しめます。 ただ、最初に聴いたのがリヒテルのほうなので、個人的にはどうしてもリヒテルのほうが好きです。例の「刷り込み」ってやつですね。 [茂木健一郎 監修]すべては音楽から生まれる(1)脳とクラシックバッハ:フーガの技法
特価:¥ 1,993(税込) 発売日:1997-05-21 売上ランキング:Musicで84位 ユーザー評価: Music / 通常24時間以内に発送 カスタマーレビューピックアップ 本当にバッハが好きなら、ぜひ聞いて欲しい名盤です。 バッハにはメロディメーカーの側面もありますが、 「フーガの技法」はあくまで変奏を前提にした主題がベース。 それは理知的に組み上げられた音楽であり、研究者によっては 楽曲の構造や構成が旧約聖書の「詩篇」になぞらえられているともいいます。 そういう次第でかなり小難しく、旋律美を望めない曲にもかかわらず、 グールドの演奏はそこにとめどない生命力を与えており、 聴き始めると終わりまで聴かずにはいられません。 とどのつまり音楽は音高の上下とハーモニーと間合いだけで 人を感動させるにすぎないのだとすれば、 その単純かつ貴重な経験をさせてくれるのが、このCDです。 ちょっと聴くだけでは、ひたすらノン・レガートで ブッキラボーに弾いているだけのようなグールドですが、 この人はただの言葉を詩に変える詩人の魔法に似たものを持った、 稀有な演奏家だと思います。 オルガン版、ピアノ版とも、何度でも聴きたくなる名演中の名演。 人によってツボは違うと思いますが、無数の音の中から浮かび上がり、 自然と心に染み込んでくるポイントをきっと見つけられるはず。 カスタマーレビューピックアップ ついに買いました!やっぱめちゃいいです。 2番がお気に入りです。どっちもいいけどオルガンの方が好きかな。 麻薬のようにやめられなくなりました〜! カスタマーレビューピックアップ レオンハルト盤と並ぶ決定版と考えている。 ここでのグールドのオルガン使用の意図ははっきりしている。彼はオルガンをピアノ化して使用したのだ。それは本曲の「構造」を明らかにしようという意図であり、十分理解できる。「怪演」という評価は当たっていないと思われる。組曲系(フランス、パルティータ等)とは違って複数の旋律線の織りなす構造を重視する平均律系(インヴェンションや本曲集)の演奏としてはグールドのアプローチは適切であり、従来のオルガン演奏の枠内で考えるべきではない。 ピアノ演奏も含まれている本エディション盤を購入すべきである。 カスタマーレビューピックアップ 1962年1月31日から2月21日録音。 バッハの最晩年の曲『フーガの技法(1748年か1749年に作曲に着手、バッハは1950年に没している)』には指定楽器がない。指定楽器がないことからかグールドはこの曲だけなんとオルガンを選択する。使用されたオルガンはトロント市キングスウェイのオール・セインツ教会のもので、ケベック州サント・セサントのカサヴァン兄弟有限会社建造のものだった。このオルガンの特徴は教会堂の内陣の南面にむき出しになっているポジティブ・オルガンの部分にある。グールドのマイクのセッティングも相当に変わっていて、楽器の送風音をワザと拾うようにセッティングされている感じである。ピアノにおいても徹底して自分の好みのセッティングに変えてしまうグールドであるからしてパイプ・オルガンにおいてもしかりであるのは頷けるところだ(●^o^●)。 全てを自らの思うままにして『オルガニスト』グールドはこの曲に立ち向かう。おそらくはグールドの数多いアルバムの中でも『怪演』の一つであるはずなのだが、聴きだすとその世界にすっかり入り込んでしまう自分を見つけてしまう(●^o^●)。 こういうグールドもいいなぁ、と思う一枚である。(●^o^●) カスタマーレビューピックアップ
1962年1月31日から2月21日録音。 バッハの最晩年の曲『フーガの技法(1748年か1749年に作曲に着手、バッハは1950年に没している)』には指定楽器がない。指定楽器がないことからかグールドはこの曲だけなんとオルガンを選択する。使用されたオルガンはトロント市キングスウェイのオール・セインツ教会のもので、ケベック州サント・セサントのカサヴァン兄弟有限会社建造のものだった。このオルガンの特徴は教会堂の内陣の南面にむき出しになっているポジティブ・オルガンの部分にある。グールドのマイクのセッティングも相当に変わっていて、楽器の送風音をワザと拾うようにセッティングされている感じである。ピアノにおいても徹底して自分の好みのセッティングに変えてしまうグールドであるからしてパイプ・オルガンにおいてもしかりであるのは頷けるところだ(●^o^●)。 全てを自らの思うままにして『オルガニスト』グールドはこの曲に立ち向かう。おそらくはグールドの数多いアルバムの中でも『怪演』の一つであるはずなのだが、聴きだすとその世界にすっかり入り込んでしまう自分を見つけてしまう(●^o^●)。 こういうグールドもいいなぁ、と思う一枚である。(●^o^●) バッハ:ゴールドベルク変奏曲-メモリアル・エディション-カスタマーレビューピックアップ これからグールドのゴールドベルク変奏曲を買おうという方は、2つの「GOLDBERG VARIATIONS」を買いそろえることになります。グールドのデビューアルバムとなる1955年版と、最後を締めくくる1981年版。自分の生涯を完璧に完結してしまったことにも驚きますが、これら二つの演奏はどちらもクラシック音楽全体の中でも比類を絶してすばらしいもののひとつに入ります。自分もこれらの曲は知っていましたし、所々は聴いていましたが、なぜかCDは買いそびれていた。そしたらこのセットに出会いました。上記2つの「ゴールドベルク」がセットになっていて、ジャケットデザインも申し分なく、23ページのブックレットがつき、ボーナスCDまでついている。ブックレットの中には、1981年版の時に彼が使った楽譜(たくさんの書き込みがある)も掲載されている。ボーナスディスクには、グールドが亡くなる直前のインタビューが50分に渡り収録。その後に、1955年版のレコーディングの様子が入っている。グールドは少し話し、演奏し、それに対してコメントし、また演奏する。これは非常にスリリング。まるで今そこに彼がいて弾いているのを目撃しているような(実際にそうなのですけど)。グールドは違ったタッチやテンポでテイクを重ねていく。最後には全く別の曲(彼いわく「God save the king」)を弾き、楽しそうに笑って終了。 輸入版なら千円台のプライス設定(国内版は、すべての英語要素が翻訳されているというメリットがあるがその分高い)。 演奏を聴くだけならば、十分輸入版でOKです。 カスタマーレビューピックアップ 何故か一度掲載されたレビューが削除されているので再度投稿(要約)。 1955年録音はセッションテープの劣化のせいで中域と低域が弱っているのと弱音が聴こえにくい。これは受け入れるより他ない事で、これよりも良い音となれば米国プレスのLP盤の古いものを探すしかないでしょう。アウトテイクは変奏曲中のクオドリベットについての講釈をしながら、英米国歌でそれを実演してしまうというものです。大変に面白いです。(アウトテイクでの音の響き方と比較をすれば、マスターテープの劣化が良く分かります。) 1981年録音はアナログテープからのリミックスです。個人的意見と断っておきますが、素晴らしい音です。私はもう旧版を聴くことはないでしょう。 おまけは以前LPのセットでもおまけについてきた「グールドとティム・ペイジ、ゴールドベルク変奏曲を語る」ラジオ放送プログラムです。 おまけプログラムで何を喋っているか知りたい方は対訳付きの国内盤を、そうでもない方は安い輸入盤を購入されると良いと思います。単発の旧版の購入を考えている方には、少し余計にお金を出してこちらを買われる事を強くお薦めします。 カスタマーレビューピックアップ 1955年にこの盤がリリースされたときの衝撃というのは今では想像も難しいですが、要するにこの変奏曲があのスピードで弾かれてあれよあれよというまに終わってしまうというのは普通ではありません。1981年の再録音では比較的伝統的なアプローチに戻っています。 1955年録音のものは Glenn Gould Edition で SBM リマスターされた時点で音が痩せているというか、中域が弱くなっている印象がありますけれど、これはオリジナルセッションテープの劣化のせいでしょう。これより良い音で、という話になれば古い米国プレスのLPを探すより他ないです。この点については私は諦めてます。 1981年録音のものは、特に弱音の聞こえ方が良くなっていて、今回のアナログテープからCD化されたもののほうが良い印象 - 正直に書けば、素晴らしい音 - です。私はもう旧版のCDを聴くことはないでしょう。 アウトテイクとして変奏曲中のクオドリベットの仕組みについて講釈しながら最後に英米国歌(だったと思ったけど、違ったっけ?)で実演してみせている様子が収録されていて、これは大変に面白いです。 三枚目のラジオ番組は、グールドに心酔している人にとっては宝物、そうでなければ純然たるおまけです。 というわけで、単独で出ている新旧録音のいずれかを購入するつもりでしたら、予算と興味(ラジオ番組の内容を読みたいかどうか)に応じて国内盤か輸入盤のこちらのセットを購入して新旧両方とも聴かれることをお薦めします。 カスタマーレビューピックアップ æ-§ï¼£ï¼¤ã'æã£ã¦ãã¦ããã'ä½åãèãã¦ãããããã"ã®ï¼£ï¼¤ã'èãã¦ãçµå±é ã®ä¸ã®ã¤ã¡ã¼ã¸ã'ãªããã ã'ã§ãå®éã«ã"ã®ï¼£ï¼¤ã'æã«ã-ã¦ã¿ã¦ããã¡ã®ãªã¼ãã£ãªã§ã¯ãã¸ã¿ã«ããããã¢ããã°ãããããä»ä¸ã¤ç¢ºä¿¡ãæã¦ãããããããã¾ãã"ã ããã¯ãã¦ãããåãã¦ã"ã®ï¼£ï¼¤ã«æ¥ãã人ã¯ãå¹...åºãã¸ã£ã³ã«ã®ãã¥ã¼ã¸ã·ã£ã³ã«å¤§ããªå½±é¿ã'ä¸ããCDã¨ããã"ã¨ã§ãæ¥ãã価å¤ãããã§ã-ããã ããã§ãªãæ-¹ã«ã¨ã£ã¦ãããã¸ã¿ã«ã¨ã¢ããã°ã®åºå¥ãã¤ããããªç«æ'¾ãªã¹ã"ã¼ã«ã¼ã'æã£ã¦ããæ-¹ã¯å¥ã¨ã-ã¦ããã¾ã'ã®ï¼ï¼å¹'ã®ã¢ã¦ããã¤ã¯ã'èã'ãã ã'ã§ã"ã®ï¼£ï¼¤ã'è²·ã価å¤ãããã¨æãã¾ããæ åã§ãããã§ãããã°ã¼ã«ãã®ãªãã¼ãµã«ã¯ãã"ããã£ã"ããã§ããé³é ãã'ã-ã¦ããé°å²æ°-ãè¨å 'æååã«ä¼ãã£ã¦ãã!¾!!ããããã«æå¾ã¯ãªããã'ããã»ã»ã¤ã-ã»ã¶ã»ã¯ã¤ã¼ã³ã§ç· ãã¦ããã¨ã"ããã¦ãã¼ã¯ã§ãã カスタマーレビューピックアップ
グールドが残した2つのゴールドベルクをひとつにした待望の企画です。1枚目は1955年のデビュー録音。2枚目は1981年の再録音。3枚目は再録音を語る晩年のティム・ペイジとのインタビューと旧録音のアウトテイク(初出!)で、特に後者だけでも買う価値あり。また再録音盤は、従来の(初期)デジタル録音ではなく、バックアップ用に残されていたアナログ・テープからの復元・再編集。天国のグールドの承認は得られないわけですが、当時の作業メモを用いてこれだけできればたいしたもので、あの名演を聴く(聴きくらべる)楽しみがさらに増えました。アナログソースから復元するなんて、デジタル技術が十分に発達した今だからこその挑戦なのですから、デジタルの可能性を求めていたグールド(デジタル時!代!!の入り口でこの世を去った)の意図にむしろかなっている、という見方もできるのでは?(^^) 1枚目にノイズのある輸入盤は、日本では店頭に並んだ直後に回収されたとか(某店の話)。わたしの輸入盤にはノイズないですよ。日本盤ももちろん大丈夫。で、日本盤は、まずブックレットが充実。ペイジの解説やグールド自筆のデビュー盤解説の全訳のほかに、3枚目のインタビューの全訳収録は予想どおり。さらにLP時代の擬似ステレオ盤や再録音盤のライナー全訳まで独自に加えているのには驚きました。野平一郎と宮沢淳一の解説もマル。新情報がてんこもりです。もっと驚いたのは3枚目のトラックが、輸入盤では2つだけ(インタビューとアウトテイク)だったのに、日本盤は、なにげに全部で22トラックに区切ってあ!!!るじゃないですか! 日本側制作者の熱意を感じさせます。あとは写真集の発売くらいで、パッとしない「没後20年」ですけど、グールドとゴールドベルクについて想いを新たにさせてくれたこのアルバムは「国内盤で買い」です!! バッハ:インベンションとシンフォニア
特価:¥ 2,252(税込) 発売日:1993-05-21 売上ランキング:Musicで246位 ユーザー評価: Music / 通常24時間以内に発送 カスタマーレビューピックアップ 買った。聴いた。驚いた。 私もピアノを勉強した人が必ず通る道であるバッハのインヴェンションを弾いたことがある。シンフォニアの途中でやめてしまったので、もう一度勉強したいなーと思って、色々演奏を聴くために買ってみたのだ。 旋律を歌いながら弾いてて、その声がバッチリ入っている。なんだか霊の声風に。おまけにピアノはガタガタな感じの音。 私はピアノやクラシック音楽の専門家ではない。このピアノの良さが分からない。グールドはそこにこだわって録音したらしいけど。 演奏も自体もビックリ。 この演奏は正統派というより異端派なのではないか? 本来ゆっくり弾くような曲を極度に速く弾いていたり、本来速く弾くべき曲をゆっくり弾いていたり。トリルをつけるところに入れず、つけなくて良いところに勝手に入れていたり。まあ、かっこいいところでトリルが入っているのでいいのですが、バッハって古典中の古典でしょ?そんな現代曲ではない曲を勝手にアレンジしているということに驚きだし、このCDがかなり昔に録音されているということに又驚き。 とにかく私には「こういうバッハもアリなのか」と感じた種類のCDなのでした。 カスタマーレビューピックアップ 音楽の求道者=グールドが最も愛した「音楽」がこの<練習曲>という低いレッテルを貼られているバッハの作品集。二声と三声のシンプルな音の世界。否、余計な雑味を排したピュアな作品だからこそ、グールドがこの上なく楽しんで演奏しているのだ。彼自身、自らの演奏が創造する至極の実存に、鼻歌まじり、うなり声、さらに足で床板を叩いている!、それほど全身全霊をゆだねて音楽宇宙にひたっている。そして純粋の極みが産みだした演奏は、小鳥のさえずりのように、葉ざめきのように、小川のせせらぎのように、もっとも慈しみあふれる自然の営みのように、聴く者をして静かな感動を授けてくれる。自然の営みが人間の原点であるように、感受性(音楽)の原点がここに実存する。その生命讃歌に感謝を捧げたい。 カスタマーレビューピックアップ 1964年3月18・19日録音。1→2→5→14→11→10→15→7→6→13→12→3→4→8→9の順に演奏されている。これは言ってみればハ長調・ハ短調で始まり、ヘ長調・ヘ短調で終わるという試みである。 演奏の前にグールドがこだわったのはピアノである。デビュー以前からグールドが愛用していたのはシムコー湖畔の別荘にあった1895年ボストン製のチッカリングだった。このチッカリングというピアノはハープシコードに限りなく近い触感と即時性を持ち、キーの沈みとアフタータッチとの間に微妙な均衡があったと言われている。この『触感』にグールドは生涯こだわる。1955年1月にデビューした時はニューヨークでスタインウェイCD174に惚れていた。グールドはCD174にあの『触感』を蘇らせようと鍵盤の表面をざらざらにしキーの沈みを浅くした。苦労して作ったこのピアノは1957年3月運送業者のミスで破損、1960年地元トロントのイートン・オーディトリアムに置いてあった1938年製のCD318に到達する。このピアノが本作に用いられているピアノである。 このレコーディングは実は1963年9月18日にスタートしたのだが、グールドがその『触感』が気に入らずピアノの調整を続け、6ヶ月後の1964年3月18・19日録音となったのだ。 これほどのこだわりを持って作り上げたこの録音にCBSとスタインウェイが気に入らず物申すこととなる(●^o^●)。紆余曲折の様を天国のバッハはどう思ったろう。かくて唯一無二のインベンションとシンフォニアBWV772-801がここに完成する。 グールドの閉じた世界のバッハは僕には必要不可欠なものである。そしてこれからも多くの人にとってもそうなるだろう。そこはCBSもスタインウェイも無関係な『触感』のバッハだ。 カスタマーレビューピックアップ 1964年3月18・19日録音。1→2→5→14→11→10→15→7→6→13→12→3→4→8→9の順に演奏されている。これは言ってみればハ長調・ハ短調で始まり、ヘ長調・ヘ短調で終わるという試みである。 演奏の前にグールドがこだわったのはピアノである。デビュー以前からグールドが愛用していたのはシムコー湖畔の別荘にあった1895年ボストン製のチッカリングだった。このチッカリングというピアノはハープシコードに限りなく近い触感と即時性を持ち、キーの沈みとアフタータッチとの間に微妙な均衡があったと言われている。この『触感』にグールドは生涯こだわる。1955年1月にデビューした時はニューヨークでスタインウェイCD174に惚れていた。グールドはCD174にあの『触感』を蘇らせようと鍵盤の表面をざらざらにしキーの沈みを浅くした。苦労して作ったこのピアノは1957年3月運送業者のミスで破損、1960年地元トロントのイートン・オーディトリアムに置いてあった1938年製のCD318に到達する。このピアノが本作に用いられているピアノである。 このレコーディングは実は1963年9月18日にスタートしたのだが、グールドがその『触感』が気に入らずピアノの調整を続け、6ヶ月後の1964年3月18・19日録音となったのだ。 これほどのこだわりを持って作り上げたこの録音にCBSとスタインウェイが気に入らず物申すこととなる(●^o^●)。紆余曲折の様を天国のバッハはどう思ったろう。かくて唯一無二のインベンションとシンフォニアBWV772-801がここに完成する。 グールドの閉じた世界のバッハは僕には必要不可欠なものである。そしてこれからも多くの人にとってもそうなるだろう。そこはCBSもスタインウェイも無関係な『触感』のバッハだ。 カスタマーレビューピックアップ
いったいいくつの仕掛けがこの録音には組み込まれているのか。グールド自身がライナーノートに書いた有名なピアノのしゃっくりはもちろん慣例を破った曲順に込められた意図も含め、聴き手に非常な集中力と探求心をもって音楽に取り組ませる力のある録音である。強いられているとも思わずにいつしか懸命に聴き入ってしまい、やがて自分がグールドが語った“創造的な聞き手”とやらをやりかけていることに、つまるところ奏者の思惑に見事にはまっていることに、なんとも言えないおかしみをもって気付いたのだった。人々の耳に届く時には既に過去のある時点のものである“録音された音楽”が、しかし未来へ通じる生命を持ち得ることを鮮やかに示した一枚。 |
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