定価:¥ 6,300(税込)
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発売日:2006-07-29
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Amazon人気商品ランキング/ルキーノ・ヴィスコンティpsWorksはAmazon.co.jpの提携サイトです。代金確認、及び商品の発送はAmazon.co.jpが行います。 1500円以上のお買い上げで国内配送料無料!! 中古価格が表示されている商品は[商品詳細]ページでご購入頂けます。 商品総数:19/総ページ数:2 最終更新日:2008/10/07 ルートヴィヒ 復元完全版 デジタル・ニューマスターカスタマーレビューピックアップ ルキノ・ヴィスコンティのいわずと知れた名作、『ルートヴィヒ 神々の黄昏』。 とにかく映像が美しく、演技、そして語りが美しい!他には何もいえないほどだ。 映画ファンなら誰でも1回は見るべき作品であることは確かである! カスタマーレビューピックアップ 全四時間という長編大作映画ですがまったく退屈しません。 むしろ画面に引き込まれて時の過ぎるのが忘れるくらいの面白さでした。 バヴァリア(バイエルン)国王ルートヴィヒ二世の一代記です。 この手の映画は時代背景や豪奢な生活の描写に気を取られて 本編のストーリーがなおざりにされてしまうものですが 現地ロケや本物のお城を使ったロケーション、豪華なセットも あるのが当たり前なストーリーの背景。 あくまでも主人公は悲劇の国王ルートヴィヒにあり、彼のドラマの重さに華美も霞むほど。 狂った暴君を弾劾する自称“忠臣”達の証言をバックに 悩めるルートヴィヒの生涯が次々と表れ最後は幽閉され悲劇的なクライマックスへと突き進む。 ルートヴィヒ自身、自分が王位の牢獄にいて背後に蠢く陰謀を知りつつも いやどうしようもない運命を甘んじて受け入れて破滅していく哀しさ。 この悲劇の主人公を「地獄に墜ちた勇者ども」のマルティンこと ヘルムート・バーガー氏が渾身の演技で演じ切ります。 もう肖像画から抜け出たような美男の国王が晩年醜い中年となり死んでいくわけですが 最後まで凛とした高貴さを持ち続け周囲の醜い政治家をあざ笑うかのような最期を遂げます。 配役も面白く「地獄に〜」の悪の親衛隊長役のヘルムート・グリーム氏が優しい忠実な近衛兵を、 ナチの陰謀の告発者役のウンベルト・オルシーニ氏が王を貶める政治家役を好演しています。 「地獄に墜ちた勇者ども」が醜い強者もありながら ささやかな真実と幸せを持ち合わせた弱者のいる現実世界が ナチという狂った理想と幻想に破壊されるお話ならば この「ルートヴィヒ」は狂いながらも高潔な幻想と理想の国王を 汚い現実と意地汚い俗物が破壊していくお話でしょうか。 お話の序盤から中盤にかけてのルートヴィヒとエリザベートとのやり取りは素敵です。 王にとって初恋であり可憐なほどの片思い。 この恋愛ドラマだけでも1本の映画になるのに それ以上の陰謀ドラマも入れて破綻しない凄まじい構成。 惜しむらくに音声がイタリア語の吹き替え(役者さんは別)になっています。 願わくばオリジナルの英語音源で聴きたいのですが。 そのマイナス点を差っ引いても素晴らしい映画です。 カスタマーレビューピックアップ 20世紀初頭に貴族として生まれたヴィスコンティにとって、この世はなかなか生きにくい世界だったのではないかと思われます。 簡単に言えば生まれてくる時代を間違えたー、あるいは自分はこの世にうまくフィットしないーということではないでしょうか。 無論そんな思いを抱きながら生きている現代人だって多いはず。 ルードヴィヒは恐らくそういった人間たちの王様的人物でしょう。 普通人とは比べものにならない富と権力の持ち主、芸術かぶれのルードヴィヒは、自分だけの芸術的幻想の世界に生きようとします。 しかし、彼は決して芸術家ではないー、あくまで芸術愛好家、ディレッタントに過ぎません。 やがて、そんな境遇にも安住できない自分に気付くのです。 彼をいいように食い物にするワーグナーが出てきますが、そのふてぶてしさと逞しさはホントに見もの。 ヴィスコンティ自身は本物の芸術家でディレッタントではないのですが、この人物を描くことに異様な執念を燃やしていたことを考えてみても、やはり気持ちの上で通じるものがあったはず。 やがて死を選ぶルードヴィヒが、自分は誰からも理解されなくていいーというくだりは悲しいです。 この作品は本当に残酷で冷徹です。 そしてヴィスコンティの悲しみが伝わってくるようです。 是非見てください。 カスタマーレビューピックアップ 『ルードヴィヒ 神々の黄昏』が劇場用にビスコンティ自らが編集した3時間バージョン。この『ルードヴィヒ 復元完全版』は、ビスコンティの死後、関係者が作者の意図を汲んで編集し直したもので、DVD2枚組の間にインターミッションが入る、4時間に渡る長編モノだ。『神々の黄昏』ではカットされた、ルードヴィヒを取り巻く官僚、医師、兵士、給仕などの証言などが盛り込まれ、より史実を意識した内容となっている。 文学における想像上の人物を取り上げることが多かったビスコンティ作品の中で、歴史上実在の人物の一生を史実に忠実に描いている。19歳〜40歳までのルードヴィヒ2世を一人で演じ通したヘルムート・バーガーの一世一代の演技は、『地獄に堕ちた勇者ども』や『家族の肖像』と比較しても、断然輝いている。一方、ルードヴィヒがひそかな恋心を抱いていたというエリザベートを演じたロミー・シュナイダーは、押しの強い傲慢さが目立ちすぎて、自分の中のか弱いイメージとはかなりかけ離れていた。 ルードヴィヒが建設に情熱を燃やしたノイシュバンシュタイン城やヘレンキムゼー城をエリザベートが実際に訪れるシーンがある。その実在の建造物の壮麗さと競うようにビスコンティが作り上げた城内セットの豪華さには、もう<笑う>しかない。これまでにも登場した数々の室内装飾の中でも、本作品において頂点を極めているといっても過言ではない。ある意味無駄なセットや城郭建設にこれだけのお金をかけるビスコンティとルードヴィヒ2世は、究極のデカダンスを地でいっていたのだ。 一種のクーデターにより、官僚たちから精神異常のレッテルを張られ、ベルグ城に幽閉されるルードヴィヒ。ビスコンティは彼を<狂王>ではなく<権力の犠牲者>として描いた。国王としては失格だったのかもしれないが、ワーグナーを庇護し名作『トリスタンとイゾルデ』を完成に導き、世界一美しい城を築いた<メルヘン王>の文化・芸術面における功績は大きい。映画は、湖畔から水死体で引き上げられたルードヴィヒの顔が捜索隊の松明によってオレンジ色に浮かび上がるシーンで終わる。それはまるで最期の舞台に立つ役者に当てられたスポットライトのようだった。 カスタマーレビューピックアップ
昔、岩波ホールで並んで(このような渋い映画に並ぶような時代もあったんですね) 3時間ものあいだ堅い椅子に座って鑑賞しました。しかし、お尻の痛みを後悔させ ない映画であったことは確かです。どう考えてもハリウッドでは、いや ヴィスコンティにしか描けない映画であり、彼の映画を愛する人にとって 永久保存版であることは言うまでも無いです。 マルチェロ・マストロヤンニ 甘い追憶
特価:¥ 4,645(税込) 発売日:2008-10-03 売上ランキング:DVDで9711位 ユーザー評価: DVD / 通常3~4日以内に発送 カスタマーレビューピックアップ
M・マストロヤンニといえば誰が観ても芸達者で、その長いキャリアの中でブランク時期がなく、コンスタントに活躍し続け、イタリア語にもかかわらず間隔をおいての3度ものアメリカのアカデミー主演賞にノミネートされているということだけでもその実力が伺える名優中の名優と思っています。その彼の未公開映像を含む晩年までの軌跡のドキュメンタリーといえば映画好きなら非常に興味深く、魅力的に感じました。映画の中以外での魅力も大いに期待しているとともに、その他往年のハリウッドなど名優(B・デイヴィス、K・ヘプバーン、J・ウェインなど)達のこのようなドキュメンタリー作品がもっと出ればと思います。 山猫 イタリア語・完全復元版
特価:¥ 5,355(税込) 発売日:2005-06-25 売上ランキング:DVDで18141位 ユーザー評価: DVD / 通常24時間以内に発送 カスタマーレビューピックアップ 後年のビスコンティ作品「地獄に堕ちた勇者ども」を連想させる、貴族の没落を 描いた大作。「地獄に・・」のほうが衝撃的な内容なのでこちらのほうがとても 落ち着いた、地味な作品に感じてしまった。 監督自身を描いた作品、という見方が多いこの作品。 監督が名門貴族出身で、それでいて共産党に入党したり、貴族社会の没落と 来るべき若い社会を冷静に受け入れ態度はこの映画の主人公、サリーナ公爵とかぶって見える。 純粋に作品を楽しむ、という点ではちょっと違うけどやはり監督自身の 経歴を知って見たほうが作品を楽しみやすいし、テーマもはっきりわかる気がします。 蛇足なのですが、劇中「美女」という役回りのアンジェリカ 自分としてはまったく美しいと思えませんでした・・・ 意地悪そうな顔で、往年の大映ドラマでヒロインをいじめそうな顔、というのが 私の印象です。 劇場公開版はシドニー・ポラックの監修とのこと カスタマーレビューピックアップ ビスコンティがクラウディア・カルディナーレのバッグの中身にまでこだわったという、シチリア貴族の絢爛たる衣装、豪華な宮廷内の装飾を十分に堪能するには、やはりデジタル・リマスター版で鑑賞することをおすすめしたい。 アントニオーニのイタリア映画にも必ずといっていいほど招かれるハリウッドスター。アフレコのため口の動きとイタリア語音声がまったく合っていないのが気になるところだが、シチリアの名門貴族ファブリツィオ・サリーナ公爵を演じるバート・ランカスターは、マッチョな前歴とは裏腹に、なぜかビスコンティ劇場では何の違和感もなくその存在感が屹立している。新時代の動きに機敏に対応する才気あふれる公爵の甥タンクレディを演じたアロン・ドロンを軽くしのいでいる。その相手役、新興ブルジョワの娘からタンクレディの妻におさまるアンジェリカを演じた若きクラウディア・カルディナーレは、頬のあたりがふっくらとしてまだあどけなさが残っているが、そのウエストは完璧なまでにシェイプされ、ビスコンティがこだわりぬいた舞踏会用のドレスが美しくスクリーンに映えていた。 イタリア統一戦争の波に翻弄されるシチリア名門貴族サリーナ家は、ミラノの名門貴族であったビスコンティ家とそのまま重なる。『新旧2つの世界にまたがって生きている』サリーナ公爵が中央政府の使者から上院議員就任の勧誘を受けるシーンにおいて、この映画のテーマがよく語られている。『異文化の圧迫を受け続け、2500年間自らの文化を作り出せなかったシチシア人は老いている。我々は長い眠りを求めているのだ。…ただ忘れ去られたいのだ』『血なまぐさい事件も、甘美な時の流れに身をゆだねるのも、結局は官能的な死への欲求なのだ』『現状を肯定する者に向上はのぞめぬ。自己満足は否定よりも強い』こんな言葉を外資系の会社で言おうものなら、「お前やる気あんのか」と上司からまちがいなくどやされるのがオチだが、ライオン髭をたくわえ人生の悲哀を味わいつくした老公爵が切々と語ると何とも説得力があるから不思議だ。仏教の<無常>にもつながる世界観を、アメリカを含めた新興国の人々が理解するのはおそらく難しいだろう。 既得権益にしがみつき、いつまでも後進に道を譲ろうとしない日本のご老人たちに、この映画で描かれる<去り際の美学>を是非学んでほしい。 カスタマーレビューピックアップ 二度ともうこんな映画監督は現れないだろうし、二度とこんな映画は作れないだろう、と思われる作品。 ヴィスコンティの生涯の映画のテーマは首尾一貫したものがあったと思うが、その中で「山猫」こそが、ヴィスコンティの最高峰といえるのは、西洋キリスト教的な貴族文化の象徴であり、その最高の趣味を現出しながら、時代の変化の中に敗北し、滅びゆく姿を描きながらも、アラン・ドロンとクラウディア・カルディナーレ扮するカップルに、未来への希望をつなげていくところだと思う。消え行く姿が、決して悲しみだけで終わらせていないところが、この作品の最高の評価を与えているところであり、他のビスコンティ作品とも一線を画している点なのだろう。 若い頃のアラン・ドロンは、本当に美しく、こんなに格好良かったのだ、とあらためて感じさせられたし、なぜ、この作品がカンヌの最高賞なのかも、観て納得できた。 ヴィスコンティそのものは、貴族であり、クリスチャンでありながら、共産主義者というとても矛盾に満ちた人ではあったけれど、この作品の中に、彼の資質のすべては現われているといえよう。 カスタマーレビューピックアップ 以前 NHK で放送していてその時、余りしっかり見ていなくて、・・山猫のDVDを捜して・他のサイトで発見したのですが!在庫がなく捜していたら、運良く購入・・・でき即再生、本編が長いですが!素晴らしい映画デス!ただ今のところ吹き替え版がないので、途中で飽きてしまいますが、是非、まだ注文出来る時に購入する事を! カスタマーレビューピックアップ
常々思ってたことを初めて書くんですが、この映画って字幕がかなり 良くないです。会話の続く場面なんかは意味不明で、論理的に支離滅裂に なっていたりします。これが星を三つ減らした理由です。 この次に、この作品がハイビジョンスペックで出版されるまでに是非 修正してもらいたい個所です。 イノセント 無修正版 デジタル・ニューマスターカスタマーレビューピックアップ ヴィスコンティ作品のなかでThe Damnedと並んで最も暗いが、一過性でなく何百年も残る普遍性をもった芸術。ヴィスコンティは映画の黄金時代の最後の巨匠。人がまだ美しかった時代の。 トゥーリオは目の奥から演技する印象的な美男(裸はよくない)で、二人の美女も素晴らしい。作為がない。表情の動きをとらえ、感情を的確に表現する演出はほとんど神業。顔と裸体のドアップの迫力。比類なき色彩感覚。映画はこうあるべきだ。大切なのは奇抜なテクニックではなく人物の感情に沿うことだとわかる。セリフも少ない。映像と音楽ですべてを表現できるのが映画なのだ。 お気楽な人生などなく、性愛から逃げられない宿命を背負った人間。どのように生きようと人を愛せば一瞬の快楽よりも苦しみのほうが長く続く。この主人公には罪悪感はあった。でもそれは神に対する罪悪感ではない。神にざんげして許される罪などなく、矛盾にまみれて生き死んでいくのが人間。彼は自らの罪を「地上で解決する」ことを選んだ。単なる「無神論者」ではなく、どのように生きたとしても人間は無実なのだとヴィスコンティはいいたかったのではないか。キリスト教という権力のもとで、ヨーロッパ人は「神の子」として生きるよう縛られてきたが、この主人公は「人の子」として生きようとする。そこでどんな苦悩を味わおうと、闘って生きるのを選ぶ。なんという強烈なエゴだろうか! このようなエゴイストを非難するのは簡単だ。でも人間は皆、多かれ少なかれ矛盾と罪にまみれた存在であるとともにかけがえのないものなのだ、イノセントなのだとヴィスコンティは語りかける。その視線は偉大で普遍的で、勇気に満ち溢れている。キリスト教が地獄に落とす人間が救われる思想がここにある。 ラストシーン、愛人が去っていく後ろ姿のストップモーションがとても美しくて大好きだ。突き放したように客観的な目とリリシズムがたまらない。 カスタマーレビューピックアップ *劇場公開版(修正版)のレビューです 見ている間は辛く、面白いという思いには全くならなかったが 悔しいかな見終わった後にずっしりと心に残る。 フェリーニの作品もそうだが、イタリア映画にはこういったものが多い気がする。 (まあ日本に入ってきて評価されているのがたまたまそうなのかもしれませんが) 見ている間中、主人公たちの俗物ぶりに嫌気がさす。 社会的な身分も経済力もあり、一般人がうらやむような生活をしているのに 俗物さが主人公たちを不幸にしていく。 一般人が、生活のこまごまとした事を相手にしなければならないので むしろ見えてこないだけで、貴族という身分がむしろこうした人間の 愛憎を浮き彫りにしているようにも見えた。 評論家が言うようにビスコンティ自身の貴族に対する憎悪として 描かれているように私も感じた。 カスタマーレビューピックアップ 原作ではトゥリオは自殺なんかせずに生き続けるのだが、ダヌンツィオが描いた主人公が「超人」だとすれば、自殺してしまったヴィスコンティ描くトゥリオは、超人であろうとしつつもかなわなかった自己愛の塊のように見えた。ラストでエルミル邸に招かれたラッフォー公爵夫人が「あなたそのもの」という息苦しくなるようなインテリアでそれを視覚的にも表現しているんだろう。このローマ本邸は母の住むバディオラやリラ荘とは全然違って、時代背景があるにしても、その主の精神が尋常でないことが表れている。 結局トゥリオは超人たらんとしていまだ超人たりえず、内部から崩壊して生き続ける未来の自分に耐えられずに自ら命を絶った、と私は考えたんだが、いかがでしょうか。 ところでヴィスコンティはこの重い映画でも、それ以前はわりに軽いキャリアしかない俳優であるジャンニーニやアントネッリを主役をやらせたり、「山猫」のバート・ランカスター同様、ハリウッドのジェニファー・オニールにイタリア貴族をやらせて、それが見事にはまっているのは、いまさらながら感嘆のほかない。 カスタマーレビューピックアップ 半身不随の上、最悪の体調で撮影にのぞまざるをえなかったため、かねてから映画化に意欲的だったトーマス・マンの「魔の山」をあきらめ、ダヌンツィオの「罪なき者」の制作に乗り替えたという。イタリア人のヴィスコンティが、晩年ドイツにこだわった理由は定かではないが、本作品が遺作となってしまったことはヴィスコンティの本意ではなかったにちがいない。 デジタルリマスター化された映像で見る、貴族たちが身につける衣装や、大豪邸のインテリアなどはまさに他を圧倒している。豪華絢爛という表現がふさわしい衣装を身に着けたラウラ・アントネッリ(青い体験の色っぽいお手伝いさん)やジェニファー・オニールは、きっと幸せだったにちがいない。サロンで開かれるミニコンサートのシーンでは、実際の貴族でもあるヴィスコンティの親族を登場させ、イタリア貴族の生活をこの上なく煌びやかに描いている。 俗流の超人を気取って、傲慢な態度を崩さない無神論者のトゥリオ伯爵(ジャンカルロ・ジャンニーニ)。横暴な夫から愛する人の子供を守るため、赤子に無関心なふりをする妻ジュリアーナ(ラウラ・アントネッリ)の<演技>が痛々しい。映画は、嬰児殺しという重たいテーマを扱ってはいるが、退廃という形容はあてはまらない。トゥリオが選んだ地上での決着も、貴族の最期を飾るにふさわしい華々しいエンディングだった。 カスタマーレビューピックアップ
かつて映画の出来や主演であるかどうかに関係なく女優の名前で見に行く時代があった。彼女もその一人。ほとんどB級映画ばかりだったが、イノセントは彼女の最高傑作の一本。美青年好きの巨匠の前で臆せず全てを晒している。青い体験シリーズも良いが、肝心な処はやや薄暗い(それはそれでよいが)。イノセントの彼女の美しさはすごい。しかも明るい処で全てを晒している。大理石のビーナス像のようだ。巨匠の遺作だが、彼女のあまりの美しさに巨匠も人生の最後に宗旨変えしたのではないかとまで思わせる。今の女優さんももう少し見習って動かないカメラの前で白日堂々と見せてほしい。ばら売りになったので星10個。目の下のくまフェチになりました。祝!無修正版。神様と巨匠からの贈り物。 家族の肖像 デジタル・リマスター 無修正完全版カスタマーレビューピックアップ ともかくモーツァルトの哀しみを湛えた協奏交響曲変ホ長調K.364の第2楽章が美しく。あぁ、モーツァルトって、こんなにもセンシティヴな曲を作曲された人だったんだなぁと、映画を見終わったときに思った、18歳。 イヴァ・ザニッキの『心遥かに』のなんと官能的なことか。 18歳には、この音楽を持ってくるヴィスコンティという監督の凄さに声も出ず。 心静かに生きる老紳士(バート・ランカスター)と不躾なシルヴィアーナ・マンガーノの愛人の若者(ヘルムート・バーガー)が音楽談義を通じて心通わせていくシーンが脳裏に焼き付いています。 しかし、老いゆく者が若者に心を開いても、若者には老人の心は通じることはなく。 ともかく、10年に一度くらい、ああ見たいと思う映画史上に残る至上の傑作に違いはない。 カスタマーレビューピックアップ 本当にものがなしい映画です。 だけど、どうしようもない悲しみにうちひしがれたとしても 世間への接点を絶って、絵の中の人物と会話する生活よりもマシだと 教授は最期に思ったのではないかと。 美しく溌剌とした若者たち、いままでの自分の常識の範囲外の人間と接することにより 教授の閉ざされた堅い魂は、じょじょに解きほぐされていく快感を感じ、同時に、 すでに老いてしまった自分自身への憐憫や焦り、またそれに対する悟り・覚悟を どうにもならない寂しさで見つめているのです。 個性的な若者たちもとてもステキです。 私がこの映画をはじめてみたのは高校生の頃ですが どんなにリエッタのようになりたいと願ったことか。無理ですが! よく言われる、教授=ビスコンティ コンラッド=H・バーガー という話ですが そういう気持ちを入れて撮ったと思えばそうだし、そうじゃないと思えば違います。 ようするに映画は、監督がどんな思い入れで撮ったにせよ、受け取り手がどう感じるか それに尽きます。 私は、どうしてかそう思いたくない。 まあ、色々と言われていることもあるけれど。。 とても悲しいけど、繰り返し反芻して観ると何故か心休まる映画です。 音楽もいいです。サントラ、廃盤なんですね。残念。 カスタマーレビューピックアップ 見せ方は相変わらずの貫禄と品格にあふれていて堪能出来ますが、しかしこれはヘンな話だなぁ。この話にはヴィスコンティ監督の願望がかなり入ってませんかしら?ここに登場する馬鹿な若者たちと老インテリの間に何が存在しえると思いますか?「何も存在しえない」ですよ。なんの関係性も成立しえない、というのが真実でしょう。ヘルムート・バーガー演じる青年と教授との間にも何も生じえないのです。現実ならば。若者たちは老教授に興味を持ったり懐いてきたりなんて絶対に絶対にしないのです。仮に老教授が彼らと関係を持ちたいと思ったにしても、自分を崩さずにそれをすることは不可能なんです。老教授は威厳を保ったままで、若者たちの方からやたらめったらすり寄って来るなんて、都合の良いファンタジーもいいところではないかしら。ヴィスコンティ監督は危険な香りのする金髪の美青年に「あなたなら分かってくれると思って…」とかとか言って欲しかったのか?金髪の美青年に選ばれる老人になりたかったのか?ヴィスコンティ監督の若さと美貌への物欲し気な視線がエロチックでもあり物悲しくもある映画。バート・ランカスターがカッコイイです。 カスタマーレビューピックアップ 「ルードウィッヒ」を撮り終えた後、病に倒れたヴィスコンティの復帰第一作目である。老教授の孤独を描いたという点では、ベルイマンの「野いちご」とのいくつかの共通項を発見できる。本作品の中で、人間関係のわずらわしさを嫌い、自分の殻に閉じこもるエゴイストを演じているのが、元祖マッチョマンのバート・ランカスターだ。「山猫」以来のヴィスコンティ作品出演となるバートの演技は、汗臭さがすっかり消え枯山水の趣を漂わせている。 「野いちご」の老教授イーサクは神の許しを得て束の間の幸福を得るが、本作品の教授が迎える結末はもっと残酷でかつ現実的だ。そもそも、許すとか許さないとか言っているうちは、その人の心の中にエゴがまだ残っている証拠であり、静かで平穏な教授の家に押しかけ大騒動を起こす無礼な一家を「家族と思えばいい」と言い切る心境は、もはや悟りの境地に達している。 間貸した部屋を歩き回る靴音や、床や壁をこわす騒音、そして道徳心のかけらもない若者たちがかける音楽も、モーツァルトを聴きながら生きる屍のような生活をしている教授にとっては、久々に生を感じさせてくれる家族のいとなみだったのだ。だからこそ、無礼な金持一家の騒音を聞くたびに、教授の心に懐かしい家族の思い出が蘇ったのだろう。 しかし、人生は皮肉なもの。せっかく自分の胸中を告げたその場所で、血のつながっていない家族は一気に崩壊し、教授の元から立ち去ってしまう。再び訪れた深く残酷な孤独に耐えられる力は、この老教授にはもはや残っていなかったにちがいない。 カスタマーレビューピックアップ
ヴィスコンティ作品の中では、時代設定も近代で色使いも明るいイメージ。ヘルムート・バーガーも『地獄に堕ちた勇者ども』に比べると、髪の色も金髪で美男ぶりが際立っています。映画上映の当時は、娯楽大作しか観ていなかった私には、難解で地味な記憶しかありませんでしたが、ビデオを買って(高かった・・)じっくりその耽美な世界に迷い込みました。デジタル・リマスターされるということで、画像の美しさを楽しみにしています。DVDのヴィスコンティ作品は『ベニスに死す』『地獄に・・・』に続いて3作目の購入になります。あとは『イノセント』を買えば、私の好きなヴィスコンティ作品、イイ男シリーズは完全収集完了です。 ベニスに死す
特価:¥ 980(税込) 発売日:2007-12-07 売上ランキング:DVDで4513位 ユーザー評価: DVD / 在庫切れ カスタマーレビューピックアップ あまりにも意味のわからないレビューのタイトルで始まってしまいましたが、正直なところこのようにしか本編を形容することができません。 才能ある中年男の禁断の恋。共感する者以外には全く無意味な題材。しかしヴィスコンティ監督の手にかかると、こうした多くの人々にとっては意味の無いエッセンスも価値のある逸品に仕上がってしまうのです。名優ダーク・ボガードの抑えた演技から半端ではない欲望がはみ出していく様子は圧巻。どのようにしてヴィスコンティはこのような演技を引き出すことができるのかいい意味で理解に苦しみます。 アシェンバッハの陰鬱な表情とバックに流れる、この主人公のモデルとなったグスタフ・マーラーによる交響楽との流麗かつ陰惨な一体化。それは放っておくと何時間でも浸っていたくなるデカダンスを伴った快楽。この時点で私ははっとさせられました。このフィルムを見入ることによって、次第に自分もダーク・ボガード扮する男の気持ちに溶け込み同調しているのではないかと。一瞬「そんなことはあり得ない」と当惑する自分。それでもこのフィルムに見入ることは止められません。それどころかさらにフィルム自体の深みに入り込んでしまっている・・・。ベニスの町は中世さながらの退廃的な祭りで沸き立っている。その退廃した空気はホテルにも、街にも、運河にも充満しきっている。加えて、そこに忍び寄る疫病の恐怖。ベニスという街の持つ、中世を引きずるゴシック的不気味さをこれだけ引き出したフィルムがかつてあったでしょうか。ダーク・ボガード扮するアシェンバッハでなくても、こんなところに逗留していたら狂気に陥るのかもしれません。 そしてビョルン・アンデルセン扮する妖艶なタジオです。ギリシャ彫刻然とした完璧ともいえるフォルムを有する少年。すくなくともアシェンバッハにそう思わせた若人。哀れな主人公の自分への恋心を知ってか知らずか少年もまた初老の音楽家を意識します。しかし、どのように意識しているのか。その曖昧な冷たい微笑みは観る者をあざけり、迷わせ、突き放すのです。その存在がベニスの不気味さとあいまって物語は至高の退廃美をじわじわと完成させていくのです。 見終わったあと本編に当初感じた無意味さは、人間が持つ美への願望あるいは欲望といったある意味で大いに検証するに値する心情ととって替わられてしまいました。無意味さが純粋なる価値へと昇華していく。本編で体感したヴィスコンティの魔術とはそんな魔術なのです。 カスタマーレビューピックアップ 全編美しい映画で絵画のような印象を与える傑作です。 中でも主人公を死に誘うようなタジオ=ヴョルン・アンドレセンの美しさと 冷たい仕草が良く話題になりますが、 個人的にはやはり美少年に惑い、最後悲劇的(喜劇的でもある)に死んでいく 音楽家アッシェンバッハ=ダーク・ボガード氏の演技が素晴らしいです。 タジオを見てからの初恋の少年のような戸惑い、思い切って諦める為に ベニスから去ろうとしたものの手違いでベニスに残ることになった時の歓喜(!) 自分の死を自覚した時の絶望…。 ほとんど台詞は無く仕草と顔の表情で表現しているのがすごいです。 この映画そのものはアッシェンバッハの一生涯を追いかけている構成でありまして 所々に挿入される回想シーンでの子供と戯れる父親の彼の姿は その後の人生の残酷さを感じましていつ見ても泣けます。 この映画に出演した後にボガード氏は 「これ以上の演技の出来る映画はないだろう」と語ったそうですが 確かにアッシェンバッハを演じられるのに一生涯分の感情を使われたと思います。 余談ですが、指摘されるまでボガード氏が「地獄に墜ちた勇者ども」の フリードリヒも演じられていたとは気がつきませんでした。 (全然印象が違います) 上映されてから三十数年、 ボガード氏始め出演者の大半は鬼籍に入りベニスも変わりました。 しかしこの映画の美しさはいつまでも変わらないでしょう。 カスタマーレビューピックアップ ゆったりとオーソドックスに、奇を衒うことなく、威風をはらって進行する映画。原作より遥かに優れた作品ではないかしら。原作の方は好きではありませんでしたね。初老の男性が美少年にポ〜っとなるなんて結構ありきたりな現象をネタになんでああも大仰な芸術論が展開されるのかと。ユーモアの片鱗もなく。これがドイツ的重厚ならご勘弁だわと思った記憶があります。 「美の力」がテーマだとか「老い」がテーマだとか、すぐに思いつく屁理屈はいろいろありますが、今回久しぶりに鑑賞して印象に残ったのはタジオ少年がジーっとアッシェンバッハを見返すヤツだということです。少年は何をしてるのか。「品定め」でしょう。アッシェンバッハは美少年に品定めされてゲシュタルト崩壊を起こすんですね。見る側(主体)のつもりが見られる側(客体)でもあるのだという事実に愕然として、髪を染めて白粉を塗る。あれは遠目(タジオ視点)からの効果狙いですから舞台化粧みたいなものです。 アッシェンバッハは「能力で評価される男」として人生過ごしてきた訳です。容姿のみで評価される立場になんて立ったことはない。しかしタジオ少年はアッシェンバッハが有名な音楽家だなんて知りませんから、ただ「見る」ことによって品定めします。高尚な精神活動の世界で一生を過ごした男が自分のありのままの肉体性と対峙させられる悲劇ですね。男性的主体の崩壊というか。可哀想。 文句というのではありませんが、死に方のタイミングが美しすぎるんじゃないかとふと思わなくはないです。現実というのはあの後も人生は続くってことなんじゃないのか、とか、狂気が過ぎ去った後に見える世界の方こそ意味があるのではないか、とかとか考えさせられつつ、自分が「狂気」とか「耽美」というのにあまり萌えない体質らしいと余計な自己発見までしてしまひました。ともあれ、マーラーの音楽と共に非常に堪能させて頂きました。 カスタマーレビューピックアップ
この作品は、何度も再発されてますが、店頭では毎回すぐ売れてしまいます。 何度見ても…また見たくなる。不思議な魅力溢れるのは、やはりタジオ役のビョルン・アンドルセン。少年と青年の境目の年ごろ。 最近、50代になったビョルンの写真をみました。 この作品の彼が、一番輝いていた。だから、もう今となっては銀幕の上でしか お目にかかれません。 ベニスに死すカスタマーレビューピックアップ この映画は恋の美しさを映した詩情豊かな名作中年男と美男子との恋物語 でも最後まで話た りしない見つめ合ってるだけ そこが良い愛の尊さ男は恋を知り己の無力さ、未熟さを思い知る 実は僕も同じ経験をしたことがあるんですもの凄く好きな娘がいたけど結局話もしないまま 終わってしまった だからこの映画は僕にとって苦くも美しい想い出を蘇らせてくれる映画でもあります。 ラストの海のシーンの美しさ 息絶える男彼はベニスに死んだんじゃない恋に死んだんだ カスタマーレビューピックアップ 大学時代に何度となく観たお気に入りの映画の一つです。ビスコンティの映画の中では一番好きです。音楽家のマーラーを題材にしていると思われている方も多いのではないかと思いますが、原作者のトーマス・マンで、彼の自伝です。彼自身がベニスで上流ポーランド人家族に出会い、そのポーランド人家族は気味の悪い?オヤジ(トーマス・マン)に気づいていたそうですが、そこは上流階級の品、トーマスが死ぬまで公言しなかったようです。(結局暴露したんじゃん、と思いますけど。)それを正真正銘の貴族出のビスコンティが豪華絢爛かつ退廃たる映像美で映画化した訳です。(笑)さて、映画の方ですが、老齢で高名なアッシェンバッハ先生はドイツからベニスにバカンスに訪れ、そこで美少年タッジオに出会い、恋をしてしまう訳です。で、、コレラがはやり始めて、感染の危険を顧みず、罹っても尚、老いを隠すために化粧をしてストーカー一歩手前のような感じで、追い求める姿が、ある意味、美しくもあり、醜く、気持ち悪くもあり、とても痛い感じです。今まで正常に生活をし、家族も持ち、金も名誉も自分のものにした老人が、最後に同性の少年に恋をして、死も恐れず、それにのめり込んでいく。恋は盲目というように、恐らく、恋だけはなんともコントロール不可能な厄介な生きる証なのですね。(アランレネ監督の「二十四時間の情事(ヒロシマモナムール)」もそうでしたが、恋こそが命の炎が燃える唯一の存在であると。。。)そして、夏が終わる頃、アッシェンバッハ先生が最後に見たものは、、一度も言葉を交わすことのなかった少年の神々しいまでの美しい姿だったのです。映画に使われたマーラーの交響曲第5番の第4楽章アダージェットは、愛の歌で、映像美と相まって、ゆったりと、その心の美しさを際立たせてくれています。きっと、幸せな死だったのでしょうね。恋して死ねるなんて、なんて贅沢なのでしょう。そして美とは何かと、、人には創れないのではないかと、考えさせられます。美少年タッジオ役ビョルン・ヨーハン・アンドレセンは、ヨーロッパ全土でビスコンティがオーディションをして選ばれたそうで、その美しさは、アッシェンバッハの気持ちが分かる程です。ちなみに、その美少年はこの映画撮影後、映画には興味がないということで学校に戻っています。今更ながら言うのもなんですけど、傑作です。 カスタマーレビューピックアップ マーチン・スコセッチや黒澤のように若い時、感性豊かな名作を創っておきながら、名声を手に入れ、年を取るにつれて酷い作品ばかりになる映画監督は多いが、このルキノ・ビスコンティ監督は全くの逆のケースで、人生の晩年になればなるほど凄みを増してくる。 これは彼が同性愛者としての苦しみがあったことにつきると思う。 人生の晩年に至るまで、満たされない孤独に心が支配されていたのだ。 この飢えた感情がなければ、いくら貴族出身とはいえ、これほどまでの名作は生み出せなかったと思う。 カスタマーレビューピックアップ これはすごい映画。美少年映画としては、身分があるおとなの男性が美少年に狂って破滅するという、森茉莉の小説のような世界が展開しているが、それだけではない。美が天からの授かりものなのか、自分の努力によって作り出すものなのか…なかなか結論を出しにくいところだ。しかし主人公の教授はひとりの少年との出会いによって、自分の努力して作り出してきた芸術をすべて否定されてしまう。少年は、努力なしに、美そのものとして存在したからだ。そして彼の美に教授は狂ったように執着し、ついには破滅してしまう。美そのものである少年と、少年の関心を得ようと醜く足掻く老教授。美醜を完璧に対比させ、ところどころに生老病死を喚起させる人やモノを挟むことで、誰しも滅びからは逃れられないこと、そして、それを知っているが故に芸術としての美を追い求めていく…そんなメッセージも読み取れてしまいそうな気がする。 カスタマーレビューピックアップ
旅先で見かけた人に、ふと心惹かれて目で追ってしまったり…。もし、あのとき声をかけていたら?アッシェンバッハにしても、有名作曲家(原作では作家)という肩書きがあるのだから、大人の知恵を使って、タジオ一家とお近づきになることもできたろうに、彼はそんな悪知恵が働くほど、フレキシブルに生きられる男ではなかった。分別や理性、努力こそ「美」であると信じ込んでいる彼の前に、何の努力もなく、生まれながらに美しいタジオが現れ、彼は「美」を根底から覆される。タジオは彼を美へと誘う天使だったのか、彼を死へと誘う悪魔だったのか…? 夏の嵐
特価:¥ 4,311(税込) 発売日:2006-04-22 売上ランキング:DVDで6185位 ユーザー評価: DVD / 通常4~5日以内に発送 カスタマーレビューピックアップ 久し振りにヴィスコンティの映画を見た。 伯爵夫人と将校との不倫密通劇であるが とにかく見ていて救いがない。ヴィスコンティが この「恋愛」には全く感情移入していない様が手にとるように見れる。結局 将校は金のために伯爵夫人をかどわかしただけだし 恋に盲目になった伯爵夫人が その復讐のために密告するという話だけだ。将校が処刑される場面もなんら劇的でもない。 但し この破たんした二人のい破たんぶりにはリアリティーがある。将校は彼なりに自分の中に「地獄」を抱えている様は良く見えてくるし そんな将校に溺れていく伯爵夫人は もはや娼婦そのものになっていく様も印象的だ。最後の場面で夜のいかがわしい街をさまよう伯爵夫人の姿は 彼女の「居る場所」をそのまま明示している。 主演のアリダ・ヴァッリは「第三の男」の冷たいヒロイン役でよく知っていた女優だが本作では 恋の為に盲目となっていく人妻を演じている。いく分狂気を帯びた演技には素直に感心した。 ヴィスコンティの映画は豪華絢爛という言葉で評されることが多い。本作もそう言える。豪華絢爛の中に デカダンスの香りが常に混ざっているのも 彼の映画の特徴なのだと思う。 カスタマーレビューピックアップ 年下の美青年に身を焦がす少々とうのたち始めた人妻(伯爵夫人!)の悲劇をビスコンティ好みの美男美女によって贅沢に演出した初期の傑作、などという説明無用なまさに、映画ファン、迷わず見よ!と断定できる20世紀の古典、 オペラ的演出の素晴らしさはいまさら述べるまでもないので、本作が戦争映画としてもっと評価され濃い戦争映画ファンこそ話題にすべき素晴らしさであることを少々、 撮影時、ビスコンティは47歳、おそらく生涯でもっとも体力が充実していた時期とおもわれ、初期の習作時代からモブ・シーン演出で見せていた冴えが本作の戦争シーンではまさに爆発しています、 まるでおもちゃの兵隊のようなカラフルな軍服の大軍が画面を埋め尽くし行軍し戦闘するシーンの素晴らしさは溜息が出るばかり、迷彩服発明と国民皆兵制度が戦争そのものを変えてしまう直前の時代ならではのスペクタクルです、こんな軍服を着ている時代の脱走兵なら問答無用で処分されても仕方ないとラスト・シーンがオープニングから暗示されてもいるわけです、 とりわけ中盤の丘陵地帯での戦闘シーン、手前にオーストラリア軍、遠景にイタリア軍が対峙しいっせいに砲撃が始まってからの数分は評者の知る限りアクション映画の最高のもの、1954年制作の本作はとうぜんのことCGなど使ってません、CG以前のスピルバーグ作品(太陽の帝国など)と比較しても本作の描写は圧倒的なものです、 おそらく制作側の意図でしょう、2時間内に編集するためにかなり戦争シーンをカットしてしまったことが本編から容易に想像できます、できうるならば未収録内容をあわせて収録したボックスが発売されれば私、再度購入してもいい、 本作が密通劇であることからサスペンス作家としてのビスコンティ演出の魅力を楽しめることももちろんです、再見して感心したのが戦時による混乱が生じながらも大貴族家を舞台にしたため、領地を管理する当主(伯爵)、管理の実務を担当する使用人と農民たち、そして戦争する軍人たち、の三者がワン・カットで見事に表現されるシーンの多さ、とりわけ混乱する軍人達の隣でもくもくと収穫した小麦を脱穀しているシーンにはさすがに本物の貴族生活の真実を知るビスコンティならではの強みとおもいます、 カスタマーレビューピックアップ 製作会社であるルックス社が倒産するほど金を使い、ヴィスコンティを国際的に有 名にし、かつ遠く離れた日本では若き蓮實重彦氏がこの映画の日本における低評価 に切歯扼腕した作品。 内容は譬えて言うならスタンダールの世界。 今の日本に住む人間からは想像もできないが、この映画は製作当時、検閲を恐れた プロデューサーから自己規制がかかるとともに政府の検閲も受けたとか。イタリア 統一戦争についてのヴィスコンティの描き方について、右翼からも左翼からも激し く非難されたらしい。またとりわけネオリアリズモ放棄としても非難されてしまっ た。 「カミロ・ボイトの小説の映画化である「夏の嵐」での私の考え方は、イタリアの 歴史の全体的な絵画を作り出すことにあった。そしてその上に、ある階級の代表者 であるセルピエリ伯爵婦人(リヴィア)の個人的な情事を際立たせたかった。」 〜ヴィスコンティ〜 カスタマーレビューピックアップ
オープニングにいきなりオペラ…という演出はマリア・カラスの舞台をはじめ、数々の名舞台を演出したルキノ・ヴィスコンティならではです。しかもヴェルディの『トロヴァトーレ』の中で最も扇動的で狂気さえ感じられる『恐ろしい炎が』と物悲しいリズムながら狂おしいばかりの官能性を感じる『恋はばら色のつばさに乗って』という二つの名曲を物語のキーにした演出はなんともドラマチックで危険な香りさえ漂います。まさしく映画の世界に観る者を引き込む名演出です。 若者のすべてカスタマーレビューピックアップ 名作と呼ばれている事もあり、多少期待して買って観ました。 また、自分はアラン・ドロンのファンで、競演のアニー・ジラルド、クラウディア・カルディナーレも大好きですし、レナート・サルヴァトーリも好きな役者です。 皆さん芝居は大変素晴らしかったです。 が、 感想は 最低の映画 でした。 ●自分が愛する恋人を目の前で昔付き合っていた兄に犯されたにもかからず、兄を責めるどころか、恋人に「かわいそうだから兄のところに戻ってあげてくれ」と無神経なお願いをする、アラン・ドロン扮する「ロッコ」 ●嫉妬と自分の弱さ、身勝手さから弟の前で、仲間のチンピラどもに見守られながら恋人を犯し、最後には殺してしまう最低の人間の、レナート・サルヴァトーリ扮する「シモーネ」 ●自分の家族の事と体面の事しか考えない身勝手な母親 この映画のメインキャラクターは本当に胸糞悪い人間ばかりです。 こんな後味の悪い映画を作るからヨーロッパ、特にイタリア映画は好きじゃないです。 退廃の美学、愛の不毛、映像美などの芸術性があるのか知りませんが、こんなもの人様にお金を取って見せるものじゃないですね。 夢も希望もありません。 非常に不愉快でした。 とにかくアニー・ジラルド扮するナディアは悲惨というか、救われないです。 様々な事情から娼婦に身を落としてしまったが、ロッコのPureな気持ちと愛のおかげで心が救われ、初めて心から人を愛する幸せを知り、娼婦からも足を洗う事が出来たナディア。 ところが嫉妬から昔一時付き合ったシモーネに愛するロッコの前で犯され、更にロッコからシモ−ネの元に戻ってやってほしいといわれ、再び堕落していってしまい、最後には完全なる堕落者となったシモーネに無残に殺されてしまう。 人生訓を言いたいのか知りませんが、エンターテインメントとしてこれは駄目でしょう。 それに兄弟愛や家族愛も美しいし、大事だが、人間にとって一番大事な心 「弱いもの、愛するものを愛しみ、守る」 事が踏みにじられてます。 心から愛していただろうに、何故愛する女を守ってやらなかったのか。 これをゲイジュツなどというのだけはカンベンして貰いたい。 カスタマーレビューピックアップ ヴィスコンティと言えば、どうしても最晩年のデカダン5部作品が日本では有名なのですが、私にとってのベストはやっぱりこれー(この作品が理解できたことによって初めて他の彼の作品も分かるようになったんです)。ある時、ヴィスコンティに関する本を読んでいて、彼が死ぬまで最も愛していた作品が、これと”揺れる大地”であったと言うことを知って、やっぱり、とおもったんです。何と言っても、他の作品に比べると、その気迫の入り方が違いますもんね。 最晩年の彼の作品は、年齢のせいもあるんでしょうが、やや悲壮感が過ぎると思うのです. ”若者のすべて”の場合、希望と絶望、滅び行くものと未来を生きるものの両方に存在感があって、その拮抗がすさまじいテンションのドラマを生み出していると思います。やはり必見の作品です。 ただし.私自身も3回劇場に見にいってやっと理解できた、と言うくらいに集中力を要求する作品なので、自宅でDVDで鑑賞する場合は、どうか電話もとらず、お菓子も食べず、じっくりと見て下さい。 カスタマーレビューピックアップ
家族の変容と崩壊、これぞイタリアという傑作です。アラン・ドロンも素晴らしい。ただ、このようなお人よしよりも、もっとギラギラする野心的人物を演じたほうが本来のドロンらしいとは思います。 日本でいえば小津の「東京物語」のイタリア版といったところでしょうか。よくできた連続テレビドラマといった感もなきにしもあらず。とはいえ「山猫」以前のヴィスコンティのなかでは一番のできかもしれません。(「揺れる大地」は未見です。) 熊座の淡き星影カスタマーレビューピックアップ
DVDのキャッチをそのままレヴュータイトルにつけさせてもらいました。ユダヤ人科学者の父親をアウシュビッツで失ったサンドラ(クラウディア・カルディナーレ)とジャンニの姉弟。母親と継父の陰謀と信じる2人は、激しい憎悪から固い結束で結ばれているが、その背後にある事実が隠されていることがあかされていく。 重要な場面は、ヴィスコンティお得意のクローズアップでちゃんと知らせてくれるので、途中で結末はなんとなくわかってしまうかもしれない。しかし、全編に流れるピアノ前奏曲によって、本作品が古代ギリシャ悲劇をベースにしたまぎれもないビスコンティ劇場であることを確認できる。 豊満な肢体が官能的なカルディナーレの突き刺すような視線が印象的だ。古代エトルリア都市を舞台にした本作品において、彼女のエキゾチックなムードはとてもマッチしているといえよう。弟役のジャン・ソレルはともかく、イギリス人のマイケル・クレイグをわざわざカルディナーレの夫役で起用している理由が?である。 フェリーニやアントニオーニなどの作品でもアメリカ人の男優がわざわざアフレコでキャスティングされているが、何か理由があるのだろうか。あきらかにスクリーンから浮いている彼らの存在は、ハリウッドとの関連性を疑わざるをえない。本作品のもう一つのミステリーである。 |
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